平成14年、突発的桂浜ツーリング・前編
「久しぶりー、俺、いま奈良に居るんだー」
「あれ、ゴンちゃん? 」
平成十四年九月の中旬、ツーリングに行きたくなる時候の頃。ロサンゼルスに居るはずの奴から、突然電話がかかってきた。お婆さんが亡くなって青森の実家へ帰ってきたのだけど、葬式終わって四十九日まで暇なので、親父さんのバイクを借りて南下してきたらしい。で、今は奈良に居るのだという。
「でさ、明日、竜馬に会いに行かない?」
「竜馬って・・・。四国の桂浜やんなあ」
「そうそう、バイクで桂浜まで行って、キャンプしようぜ」
「明日って、めっちゃ平日やねんけどなあ」
・・・まあええか、二日くらい休んでもかまへんやろ。別にそれが原因で地球が危ないとか、そういう事も無さそうやし。それに最近ちょっと仕事にかまけて遊びをおろそかにしてるような気もするしな。気のせいかもしれんけど。明日と明後日は天気も良さそうやし。
「うん、ほな、行こか」
いつも遊びの計画は、どこからともなくやってきてすごく迅速に話がまとまる。うれしいこっちゃおまへんか。
翌朝九時、我々平日探検隊は西宮を出発、十時過ぎには垂水のマリンピアでモンベルのアウトレットに寄り道していた。今晩キャンプするに当たって何か面白いグッズは無いか、という目的だったのだけど、ゴンちゃんはいきなり店員の女の子に声をかけ始めた。最近ロッククライミングを始めたというその子は、ヨセミテの近くに住んでるゴンちゃんの話に熱心に聞き入って、住所や電話番号を交換したりなんかしている。すごい、さすがゴンちゃん。ラテン系日本人のガールハント技を目の当たりにして、シャイな僕なんぞはもう、感心するやら羨ましいやら。思わず師匠と呼びそうになった。
モンベルを出て、明石からフェリーで淡路島に渡る。津名から高速に乗って、大鳴戸橋をわたって一気に四国入りする。徳島からまた高速に乗って、吉野川のハイウェイオアシスで休憩。ゴンちゃんのBMW F650は僕のBMW R65よりパワフルなようで、高速でも加速がやたらに良い。同じメーカーの同じ排気量、単気筒と二気筒。但し設計された時代は半世紀ほども離れていて、ツインカムフォーバルブ対オーバーヘッドバルブ。現代のバイクが優れてることはもう、言うまでも無い。
ハイウェイオアシスでお約束のソフトクリームを食べた後、高知目指して一気に走る。高知市内は平日の帰宅ラッシュ。車の間を縫って縫って、かなり良いペースで飛ばす。でも、乗り手はあまり熱くなってる感じは無くて、むしろ静かな気持ちに気づく。この辺り、R65というオートバイの持ち味というか、気に入ってるところだ。
桂浜に着くと、ちょうど坂本竜馬の記念館が終わったところだった。やっぱり、朝のナンパが余計だったらしい。仕方なく記念館はまた明日という事にして、今晩寝る場所を探す。こういう旅はやっぱり海辺、焚き火を前にウィスキーなんぞ飲んで、ロンボンディダンシュビドゥバー、なんて小林亜星「夜が来る」な雰囲気であるべきだろう。先に当たりをつけていたキャンプ場は海辺ではなかったのでパス。来た道を戻りながら海岸の良さげな場所を探す。
防波堤の切れ目から海岸に降りてみると、波打ち際に赤くて丸いものがひとつ、ぽつんとあった。フルフェイスのヘルメットだった。一体なんでまた…。もしかして「中身」が入ってたりしたらとてもとてもこわいので、違う場所を探す。
次の切れ目から入った海岸は、そこそこの広さがあって、バイクも止めやすそうだったので、そこに決めた。いや、実はもっと先、仁淀川の河口あたりも見に行ったのだけど、そこはなんとなく暴走関係の人らしい先客があったので、戻ってきてこの浜辺に決めたのだ。決めたら次は、食べ物の買出し。高知市方面に少し戻ってスーパーへ。二人ともおなかがすいてるので、大変たくさん食べ物を買ってしまった。
浜辺のキャンプは、きれいな月も出てとても快適だった。「どざえもんがあがった場合こういう砂浜に一時埋めておくことが有るらしい」というような話を聞いたこともあるけど、聞いたことがないことにして焚き火で盛り上がる。月光に照らされた海は、ちろちろと白い光を反射して、幻想的に美しい。これまであちこち色んなところで天幕を張ったけど。こんな良いキャンプにはなかなかめぐり合えない、最高のシチュエーション。
「あの、アウトレットの子、ほんまにヨセミテ行くかなあ」
「さぁ、どうだろうね」
「なかなか明るい感じの、ええ子やったやん」
「ああいう子、好き?」
「うん、わりと。でもあの子、ゴンちゃんのこと気に入ってるみたいやったやん」
「そおかな・・・でも、僕はいいや、あの子は」
「ぜーたくものー」
ゴンちゃんは、なぜか女の子にもてる。青森の女の子とネットで知り合いになって、ロサンゼルスまで遊びに来させた、なんて話も聞いた。男前、というのではないのだけど、とにかく前向きでプラス思考、そして明るくて親切。こういうラテンな雰囲気がきっと、良いのだと思う。僕も見習いたいところだけど、でもこれは人柄がものをいうところなので難しいね・・・。
道路に近い場所なので、夜中も時折車が通る。気になる人は気になると思うけど、僕はわりとこういうところで寝るのが好きだ。遠く近く行き交う音に、何となく旅情みたいなものを感じる。深夜のトラック・ドライバー、なんかロマンがあるなあ。
波の音とトラックの音を枕に、桂浜の夜をすごした。