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雑記・いきなりこういう話から始めます

 あれは平成二十五年の八月十八日。その日は朝からスクーターで丹後半島に行ってたのですが、帰りに路肩の温度計を見ると43度を指していた、そんな真夏の日でした。

 遅い昼過ぎに一旦帰宅して、夕方から知り合い数人で阪急ターミナルビルのビヤガーデンに行ったのです。

 もともと僕はあんまりお酒を飲まないのですが、特にその年の春以降は常軌を逸した貧乏の為、たまの飲み会にも参加せずで、アルコールっ気というものが完全に抜けきっていました。そしてその日は昼間の暑気にもかなり痛めつけられて、よほど身体も弱っていたのでしょう。最初の乾杯、次にハイボール一杯。これだけでもう、思いっきり回ってしまって、天も地もぐるぐるぐるぐるぐるこさみんでした。

 皆と馬鹿話をしながらも椅子にもたれるように座って、というかへたり込んで、まだ暮れ残る夏の空を眺めておったのです。足腰に力が入りません。背中から大切な何かが抜けていく気がします。気を抜くと喉の奥の方まで、吐き気の予兆のようなものがこみ上げてきそうです。

 折悪くというか、俄にうんこがしたくなってきました。感触として、かなり柔らかめの奴がおなかの下の方に降りてきて暴れてやろうとしている感じです。

 本当は立ち上がりたくないのだけど、ここでうんこをだだ漏らしてしまうのは健全な社会人としてかなり問題があります。今後の皆さんとのつきあい方や力関係なども地崩れ的に悪くなること請け合いです。それで仕方なくまるで生まれたての馬のようによろよろと立ち上がり、ぐるんぐるんと旋回するビヤガーデンの通路をよろんよろんと便所に向かいました。

 到着してみると便所は、和式便器でした……。

 ぼくは生まれつきからだが堅く、いわゆる「うんこ座り」が出来ません。しゃがむとかかとが浮いてしまうのです。無理にかかとを付けると、うしろに倒れてしまいます。さらに、三十歳になった頃に左膝の十字靱帯を前後共にぶち切って、再腱手術をしています。以来、深くしゃがんだ体勢をとり続けるのがとても辛いのです。なんで、和式便器は極力使いたくありません。

 百貨店ですから、ほかの階にはきっと洋式便器があります。でも、この階から移動するとビヤガーデンに再入場できないというので、仕方なくそこで用を足すことにしました。

 便所の個室は二つあって、両方共に空いていました。しかしその片方は、便器の周りにうんこがたくさん飛び散っていて、たいへんむごたらしい状態でした。これは使う使わない以前に部屋に入りたくありません。いやもう、関わりたくない、何なら思い出したくもないレベルです。迷わずもう一方の、健康で文化的な最低限度のホスピタリティを備えていそうな方の個室に入りました。

 和式便所であっても、壁に手すりというか取っ手が付いているところはまだ有難いんです。それをしっかり掴んでいれば、うしろに倒れないで済みます。しかしそこはそういう物も無いスパルタンな個室だったので、仕方なく「深めの中腰でズボンにかからないように注意して用を足す」という高等なテクニックを使うしかなく、非常に難儀しました。

 相変わらず頭はアルコールにやられたまんま。ぐるぐる回る個室の中、気を抜くと奥底から立ち上がってきそうな気分の悪さを半ば無視しながら抑え込み、極限に近い感じで用を足していると、隣の個室に誰かが入った音がしました。そう、あの、地獄のような個室に。

 ばたん。かちゃかちゃ。げげーっ、うえっうえっ、ごええーっ。

 隣の個室では今、悲惨なことが起こっているらしい、ということを瞬時に理解しました。

 あのうんこだらけの便器の縁に立って、いや、あるいはそこに手をついて、げげごぼがばげべとリバースし続ける真夏の宵……。

 これを地獄と言わずして、この世界のいったいどこに地獄があるというのでしょうか。

 まだ見ぬ隣の部屋の住人、その境遇を深く深く憐れみつつ、ぼくは何とかこの世に留まって用を足し終わり、個室を後にしたのでありました。

 お酒って、こわいね・・・。


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