平安時代よりもっとずっと前に九九は生まれた!【日本の数字の歴史】(その1)
現在日本の数字は、
・アラビア数字(0123456789)
・漢数字(一二三四五六七八九十)
の2種類が使われています。主に、横書きはアラビア数字、縦書きは漢数字といった使い分けでしょうか。
今回は日本の数字の歴史について見ていきます。
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漢字の一部として中国から渡ってきた数字
漢字が渡来したのは1,2世紀頃(諸説あり)。その後、日本語の音を表すべく万葉仮名(7世紀頃)が生まれ、徐々に平仮名(9世紀頃)へと変化していきます。
漢数字も漢字の一部なので、同じ時期に日本に渡ってきます。
日本の文字の歴史、詳しくは過去記事をどうぞ↓↓↓
日本人は中国から漢字という文字を得るまで、文字を持たない民族でした。しかし数の概念が無かったというわけではなく、「ひふみよいつむななやととう」という数詞は存在しました。
日本人は、膨大な中国語の漢字を日本語の同じ意味の言葉をあてていきました。(例:「海」→うみ(日本語読み・訓読み)、カイ(中国語読み・音読み))
「ひふみよいつむななやととう」は同じ意味である「一二三四五六七八九十」または「壱弐参肆伍陸漆捌玖拾」の文字があてられたというわけです。
つまり、「いちにしごろくしちはちくじゅう」は音読みです。なんだか訓読み的な香りがするという気がするのは筆者だけ?
万葉集には九九も出てくる
現存するわが国最古の歌集と言われる「万葉集」(7~8世紀頃)。万葉仮名は日本語の音を表すための当て字システムです。「夜露死苦」ヨロシクシステムと考えてもらえばOK。
基本的には1音1字で表していましたが、洒落好きな日本人はとんちを利かせたような万葉仮名遣い(戯れ書き)もしていました。
詳しくはこちらを参照↓↓↓
例えば、
「八十一」と書いて「くく」(9×9)と読む。
「十六」と書いて「しし」(4×4)と読む。
「二五」(2×5)と書いて「とお」と読む。
「三五月」(3×5)と書いて「十五夜」→「もちづき」と読む。
といった読ませ方が実際に万葉集に出てくるのです。
この万葉仮名遣いにも驚きですが、この頃に今と同じ九九があったというのも驚きです。
九九の起源
九九の起源はこれまたやはり中国。奈良時代どころか、もっとずっと昔、紀元前7世紀頃には人々に広く知られていたと考えられています。
私たちが知っている九九は「いんいちがいち」の1の段からですが、古代中国では「くくはちじゅういち」の後ろから始まっていたのだそう。「九九」というネーミングはこのことから来ています。
『口遊』という平安時代の教科書
『口遊』、「くちずさみ」「くちすさび」は、平安時代中期に編纂された児童向けの教科書。この頃、そもそも貴族の界隈でしか文字を扱うことが出来なかった時代ですが、貴族・公家の子どもらはこうした教科書で学びました。
「口遊」という言葉の通り、口ずさんで歌のように覚えたのは、今の九九とほとんど同じようなことですね。
平安時代のこの書物は後世にも長く写本され(書き写され)、1804年のものは、国会図書館デジタルコレクションで見ることができます。
日本の文字の歴史の特筆事項は、中国から輸入されて以降、平安時代頃でほとんど収束してしまいます。数字も例外ではなく、次に歴史的動きが出てくるのが平仮名と同じく江戸時代。
次回は江戸時代以降~現代の数字の歴史を扱います。
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※毎週火曜19時更新