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水深800メートルのシューベルト|第1171話

 衛生兵は、やるべき事を機械的に行っているといった風に、動かない男の袖をまくり、二の腕に針を刺して言った。
「確かに衛生兵ですけどね。この先数十時間、いや数時間かもしれませんよ。我々の命運は尽きている。そうみんな言っていますよ。このところ、空気を吸っても薄い気がして吸った感じがしませんし。それなのに、何時間か早く死のうとしたところで、それをそっと見守っていたところで、義務を果たしていないと言えるんでしょうか」


 彼は空になった注射器を、医療廃棄物のごみ箱に押し込んでいた。注射された男は、ピクリとも動かない。


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