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水深800メートルのシューベルト|第615話

「仲間? ここにはそんなものはない。少なくとも腕立て伏せをやらない奴を置いていくような仲間はな」(と、教官は言った。)


 僕は腕の痺れを感じながら、横目で教官に怒鳴られている顔を見た。肌の色は浅黒く、短く刈って残った髪は少し縮れていて、まるで熱帯からやって来たような雰囲気だった。三日月のような丸くて端が下がった目は、軍隊とは場違いな印象があった。でも、ここに来る連中のほとんどは、軍人とは遠い世界の人間ばかりだとは思う。怖そうな奴、人を殺しそうな奴はどこにもいないし、海軍に入ったらすぐに除隊しそうな雰囲気の人間ばかりだ。しかし、教官に入隊の時に怒鳴られるだけで、顔は強張り、一ミリだけ軍人に近づいている。それを繰り返すうちに、顔つきが変わっていくんだ。僕は、そう思った。

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