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水深800メートルのシューベルト|第885話

 ハッチから頭を引っ込める最後の瞬間、新鮮な空気を目一杯肺に入れた。塩分混じりの湿気を含んだ大気に、甘い香りが含まれているような気がした。徐々に大きくなり、実の形まで見えて来たアーモンドの木から発せられるのだと思った。実際には木の香りがここまで届くはずがないのに。


 楽しくなってきた僕は、心象で作ったピアノを奏でてみる。優しいメロディーがアーモンドの香りと溶け合って、鼻や耳から体全体に浸透してくるようだ。浮き立つような気分を持って頭をハッチから下げ、戻りにラッタルを降りた。解放されたら食べるものや着るもの、そして話をする人の顔を浮かべながら、配置へと向かった。

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