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水深800メートルのシューベルト|第826話
「すまない、ジュリアを……、君のママを、君から永遠に奪ってしまって……」
顔を上げたゲイル先生は、この短い間にも歳を取ったように見えた。この黒いタイルの壁に囲まれた空間では、時が飛ぶような速さで流れているようだった。彼はすっかり疲れ切っており、やがて顔の表面から、死んだ皮膚が生きた肉を道連れに剥がれ落ちて朽ち果てるのでは、と思った。
「病気ですか? まさか事件に巻き込まれた?」
ゲイルさんは首を振って、自分の頭の中を整理するように、ママの事をぽつりぽつりと話し始めた。ゲイルさんとの間に二人目の赤ちゃん、女の子が産まれたこと、ゲイルさんがサンディエゴ基地で勤務している間に、ゴールデンゲートブリッジから赤ちゃんを抱いて飛び降りたこと、飛び降りる所を見た人がいて、通報してくれたらしいが手遅れだったこと。それらを、感情を努めて抑制しようとしながら言葉を紡いでいた。