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水深800メートルのシューベルト|第1018話

「で、そのピアノが手放せないのは同じなんだな。持っているだけで弾けないのにな」


「弾くよ」と、僕の言葉を遮って言った。
「不安な時や眠れない時は鍵盤を押すんだ。『シューベルトの子守歌』なんかをね。そしたら音は出なくても、想像の中で曲が流れてくる」


 見えない鍵盤を押してみる。あの曲なら多少テンポを落とした方がゆったりとした気持ちになれる。柔らかな綿毛のコートのような温もりを持った曲。頬が緩みそうになった時、嫌な気分に引き戻された。幸福な気分を破ったのはロバートの嘲りの声だった。

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