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水深800メートルのシューベルト|第859話

「急には決められないよ、だって……」
 そう言いかけた時、彼女は僕の手を強く引き寄せ、唇を僕の口に押しつけてきた。何が起きたのかがわからなかった。女性だけに持ち込みが許さていたな……化粧水は……。甘い香りが鼻を覆い、ぼんやりとそんなことを考えた後、ようやく唇の柔らかさを意識すると、慌てて顔を離して、周囲を見た。
 このトレーニング空間はいつの間にか誰もいなくなっていた。エウヘニオとその仲間も姿を消していた。それに気づくと、トリーシャの息遣いが余計にはっきりと聞こえてきた。


「いいよね、アシェル? 今は何も考えずに卒業を目指して、私が借りたアパートメントに来るのよ。何も考えたくないなら、私を信じてそのまま流されて」

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