水深800メートルのシューベルト|第945話
「さよなら」
彼女はもう一度言った。僕も同じ言葉を返した。きっと、彼女ともう会わない方がいいのだろう。少なくとも、彼女が僕を見ても怒りや悲しみ、痛みの感情を想起しなくなるまでは。その日は永遠に来ないかもしれない。でも、もしそうならそれが運命だったんだ。僕が父親を選べなかったように、メリンダがそんな僕のパパと遭遇したように、きっと逃れられなかったのだろう。そう思うしかなかった。
「助けが要る時人間は、できる限りのことをするよ」
と心で呟いてみたが、口にすると嘘になってしまいそうでできなかった。無力で彼女に害悪をもたらしてきた僕は、これからの彼女の船出を祝福することしかできないのだ。