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水深800メートルのシューベルト|第887話
セペタの薄い黄色の古いオープンカーであるキャディラックは、いつもエンジンの音がプスプスと止まりそうな音を出しているので、しょっちゅうアクセルを踏んでいないといけないらしく、その度に上下左右に揺れて、乗っていると胃の底から食べたものを戻しそうになる。艦内の方が心安らぐくらいだ。僕はタクシーに乗って帰ってもいいのだが、彼は僕の妻に興味があるらしく――結婚していてもう二人も子どもがいることを口にして以来――是非アシェルと生活することを選んだ変わり者の女からいきさつを訊いてみたいと言って、寄港する度に送ってくれるのだ。これまで何度か、妻の顔は見ているが、巨体に似合わず女性に気軽に話しかけるのが苦手らしい彼は、彼女と挨拶以外の話はできていない。だから、今度こそ話を聞けると思って、砂利から車停めに通じる道路に車を乗り上げていた。