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水深800メートルのシューベルト|第92話
「知らないよ。夜は一人で寝てたんだもん、トレーラーで」(と、パパが夜にお酒を飲んでいなかったかというママの質問に、僕はこう答えた。)
「ママをからかわないで」
ママは僕の手を握る手の力を強めたので、思わず「ヒッ」と声が出た。
「本当だよ。パパ、夜帰ってこなかったんだもの」
ママはそれを聞いて驚いたような顔をした。
「本当……? だとしたら、誰かパパを連れて行ったの?」
僕は首を振った。
「一人で車に乗って出かけたんだよ。黄緑色の車で」
ママは口元に手を当てて、しばし考えていたみたいだった。
「嘘……ついてない?」
「嘘なんか、ついてないもん」
「神様に誓える?」
「誓います」
ママはしゃがみ込んで僕を見つめた。
「車で出かける前、パパの体からお酒の臭い、しなかった?」
僕は黙って頷いた。