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水深800メートルのシューベルト|第1074話

 発令所に行く前に、艦長室を通りかかったが、人の気配はなかった。操作員の言葉を聞いて急に不安になった。大佐は僕らを見捨てたんじゃないか? この潜水艦の運命と一緒に。そう考えると顔から血の気が引いてゆき、足元が幽霊のように浮いているように感覚が無くなった。


「お前、変だぜ」
 注水制御の男は怪訝な顔をした。「唇が真っ青だし、話し方も変だぜ。まさか二日酔いじゃないだろうな? バレたら海中に放り出されるぞ」
 艦内では酒は禁止で、それを持ち込むような乗組員もいないので、冗談めかした言い方だったが、目は心配そうだった。


「まさか。ちょっと眠れていなかっただけだよ。疲れが残っているんだ」
 僕は変な疑いを持たれたことに反発しながら言った。


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