水深800メートルのシューベルト|第622話
首のボタンを外したシャツに指を突っ込み、仰ぐようにして体に空気を入れていたナージフさんが反論した。
「せっかくここまで面倒見てやったんだ。養子縁組の手続きを助けてやってもいいだろう?」
「生憎、そんな紹介業はしていない」
弁護士は突き放すように言った。
「だから、刑務所に入ってりゃ良かったんだ。出るころには成人だしな」
「おい、いい加減にしろ。たかだか二三年しのげばいいんだろ? その期間の預け先くらい見つけられないのか?」
僕は、ふたりのやり取りを聞いていたが、これ以上大人たちの親切に甘えてはいけないような気がしてきた。
「あの……、僕、ひとりで暮らせますから。養子とかはいいです」