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水深800メートルのシューベルト|第923話
彼女の幸せそうな笑みに浮き立つような気持ちになった。それから少し遅れて、緊張でこわばっていた手に彼女がこれまで耐えてきた境遇を癒すような温かさ、切なさ、優しさ、許しが、伝わってきた。
気がつくと、彼女は頬を赤らめているのに気づいた。僕は自由だとトリーシャは言っていた。だったら、幼い時から酷い目に遭ってきたメリンダに、少しくらい幸せになってもらっても……。会う瞬間までは、自分の生活を壊さないことばかりを考えていた。トリーシャの言う通り、この子には借りがある。でもどうしたらいいのかわからない。二人の女性のうちどちらかを選ぶことになるのか? とてもできそうになかった。