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水深800メートルのシューベルト|第895話
妻は玄関で、赤子を抱いた状態で待っていた。
「おかえりなさい。ごめんね、やっと授乳ができるようになったの。このタイミングを逃したくなくて」
眉を寄せ、すまなそうな顔をして言った。
彼女は、服をはだけさせて、フェリックスに褐色の胸を含ませていた。
「いいんだ、トリーシャ。気にしてないよ。それより、飲むようになったって?」
彼女は、子どもが乳を吸うのを邪魔しないように黙って微笑んだ。
その表情を見て、心の中で安堵の息をつき、リビングに入ると鞄をソファの上に置いた。天井で優しく回っているコロニアル風の扇風機――彼女が、エアコンは赤ちゃんに良くないと言って取りつけたもの、鞄を載せたグレーのソファ、丸くて低いマホガニーのテーブル――ゲイルさんからの結婚祝い、ソファの後ろに飾られている白い建物が描かれた絵、何もかもが出発前と変わっていなかった。