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水深800メートルのシューベルト|第1188話
ハッチの向こうでは、ドンドンと壁を叩き続ける音がする。遅めだが、一定の規則正しい音。あれは「シューベルトの子守歌」のリズムに合っているように感じた。しかし、彼らは音楽を奏でているつもりはない。ただ、規則的に叩いているだけだ。勿体ない。あの鉄のドラムにピアノを合わせたらバンドみたいにならないかな? 確か、エレン・ドティがその組み合わせで歌っていたな。僕はぼんやりとドラムをバックにステージでピアノを弾く自分の姿を思い浮かべ、すぐに苦笑した。ここにあるのはおもちゃだし、僕だって素人なのに。
しかし、ふとその曲をあの野獣に聴かせてやりたくなった。ピアノの音源スイッチを入れるのは、銃のセーフティーロックを外すより余程、心理的に楽だった。