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水深800メートルのシューベルト|第282話

 先生の左眼がひときわ大きく開いたので、怖くなってとにかく曲に合わせようと懸命になった。しかし、曲は先へ先へと勝手に進んで行く。しかも、前にいるみんなの半笑いの顔を見ながら手足を動かしていると、自分の仕草が虚しいもののように思えて、手足が縮こまった。すると、自分が胴体に小さな手足がついているだけの奇妙な存在に思えてくる。


「もっと体を大きく使って! 真剣にやりなさい。笑顔、笑顔!」


 動きを曲に合わせるだけで精一杯なのに、表情も作らなきゃいけないなんて。僕は、泣きそうになるのを堪えた。前にいる群衆のうち、何人かが笑っていた。呼吸が苦しくなってきたが、さっきと同じなのかダンスによるものなのか、よくわからなくなった。

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