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水深800メートルのシューベルト|第733話
またしばらく彼女は黙り込んだ。僕は何も気の利いたことを言えないのをもどかしく思った。お婆ちゃんのハンバーガーのレジ打ちも、ママの掃除の仕事もブルシットジョブというのだろうか? 尋ねてもよかったが、今更知っても仕方がないと思い、黙っていた。
「私さ、高層ビルで白いシャツを着て働きたいんだ」
不意に、彼女は遠くの天井を見ながら言った。そこだけ、塗装が剝がれていて、白地の中から、灰色の素材が顔を見せていた。
「法律事務所なんかがいいなと思って。弁護士は無理でも、事務員なんかをするの。ずっと立っていなくてもいいし、弁護士や依頼者は威張っているだろうけど、ひどい言葉を投げつけられることもないし。ランチにはレモネードにロールズ寿司を買って、打ち合わせがてら食べるの。クールでしょう? 健康的だし」
彼女は笑みを浮かべていた。