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水深800メートルのシューベルト|第803話

「さっきから声をかけているのに、無視したわね。どういうつもり? 私、何か気に障ることでもした?」
 彼女の非難めいた黒い瞳を見てから、首を振った。


「聞こえなかったんだ」
「ねえ、周りで噂しているけど本当なの? 『アシェルが身動き出来ない仲間をラッタルから落とした』って」
 誰がそんな噂を流したのか、すぐに察しはついた。でも、もう、処分は下されたし、ここにいる全員はもうすぐ居なくなる。だから、何を言われようがどうでもよくなっていた。


「だったら、それでいいんじゃないか。そうだよ」
 僕は、それ以上説明する気にもなれず、彼女を引き離そうとした。しかし、息が苦しくなってきて、すぐに速度が落ちた。その間も、彼女は息ひとつ乱さず、僕の横にぴったりとついて走っていた。

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