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水深800メートルのシューベルト|第915話

僕はフェンス越しに彼女の指を掴んだ。柔らかい温もりが懐かしかった。しばらく手を握った後、金網を挟んで二人同時に笑った。僕はフェンスの出入り口から公園に入り、今度は直に彼女の手を握った。


「あはは、鉄格子に慣れちゃって、それを挟んで人と会うのが当たり前になっていたわ」
 自虐的な挨拶に、何と返答したらいいかわからなかった。少し考えても何も浮かばなかったので、彼女の足元に転がっているバスケットボールを拾い上げた。


「格子越しでなく人と会うのって久し振り」
 曖昧に笑っていると、彼女はハグをしてきて耳元で笑い声をあげた。
「嘘よ。向こうでも自由時間はあったし。私、コメディアンの才能ないかな?」


「ないよ」
 やっと緊張せずに言葉を返すことができた。

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