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水深800メートルのシューベルト|第431話

「おお、それなら知っとるぞ。『ジェシカ』じゃな。そういう名前で『商売』をしとるよ。


 雪山の木の扉を開けると、バーのカウンターが見えた。客は誰もおらず、その外側にある揺れる椅子にもたれて、近くの真っ赤な火が燃えているストーブに手をあてている爺さんがいた。
「悪ガキども、あの子に何の用かな?」


 爺さんは目の奥に穏やかな光を湛えていた。時代遅れの麦藁帽をかぶり、デニムのオーバーオールの服を着て、顔のまわりにはたっぷりと白い口髭と顎髭をたくわえていた。尋ねる口調は決して責める風でもなく、かといってメイソンに脅されて嫌々答えているという風でもなかった。

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