水深800メートルのシューベルト|第550話
「早く帰りなさい、さもないと撃つわよ。さあ!」
叱るような声に弾かれて、僕は彼女に背を向けて歩き出した。恐ろしいという思いと、撃たれてもいいんだという思いが混じり合ったまま、靴が泥を撥ねる音を聞いていた。泥が靴の裏にまとわりつき、足が重かった。
「メイシー、お願いね。あなただけが頼りなの」
という甘い声が聞こえると、僕は足に力を入れて夢中になって泥の道を脱出しようとした。いつしか足元は気にならなくなり、彼女の声も聞こえなくなっていた。
雪山が見える頃、後ろで車のエンジン音が聞こえ、すぐに遠ざかった。きっと僕と反対側の知らない道を行ったのだろう。メリンダなんかもう、僕には関係ないんだ。そう思おうとする度に、アパートで見た彼女の不安でいっぱいの顔が甦ってきた。