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水深800メートルのシューベルト|第861話
まだほんの十数分前の、耳に残った彼女の言葉と唇の塩味が僕を捉えていた。提案を断って海軍を辞めるのがさほど簡単ではないように思えてきた。確かに、ゲイルさんも言っていたように、希望を失くして全てが面倒臭くなったとしても、人間、何かをして生きていかなければならない。僕も行き詰ったらブリッジから身を投げたらいいのだろうか? それで解決するのだろうか? その時、水の恐怖が甦り、慌てて溺れた時の苦しさを追い払おうとした。
生きるのも消えるのも難しいなら、トリーシャの言うように流されているのも悪くない。そんなフワフワした考えに身を委ねてみた。子守りをする僕。水兵の時間だけ我慢して、家で子どもと遊ぶ日々。時は、耐えていれば流れてゆく。流れゆく先には……。