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水深800メートルのシューベルト|第856話
「トリーシャは、どうして僕なんかに? 好きだったとか……」
それを訊くと、怒ったように早口でまくし立てた。
「全然好きじゃないわ、あなたなんか。いつもなよなよしていて、クラムジーなあんたなんか。物事をすぐに投げ出すし、レジリエンスの欠片もない情けない男なんか」
そこまで言うと、彼女は僕の頬を撫でで、幾分落ち着いた話し方になった。
「でも……頼み事は断らないし、ママ思いよね。私みたいに子どもを育ててみると、いい父親になりそうな人はわかる気がするの。それに、君だけだよ。私が黒人だってことを気にしないで接してくれる白人は。みんあ、あからさまじゃないけど、よそよそしいもの」
何も答えず考えてみた。これだけの理由で、人は一緒に住むものだろうか? それに僕には……。