見出し画像

水深800メートルのシューベルト|第594話

 再び機械がけたたましい音を鳴らし、女の人がそれを止めた。それを繰り返している間隙を縫って、お婆ちゃんのバッグを開けていた。取り出した財布を覗いた後、スマホの画面をスクロールしていた彼女は、苛立たしそうに画面を睨んでいた。


「ああ! もう使いにくいなあ、このスマホ」
 女の人は愚痴をこぼしながら警官に目配せをし、彼も横から首を突っ込んで、何やら指示をしていた。
 
 ひたすら機械が叫ぶ音と、お婆ちゃんの胸が押される音、押している人の激しい呼吸の音、それらが混じり合っていた。お婆ちゃんは意識を失っているのはわかったが、どうして周りの大人が疲れて、投げ遣りで、腹立たしそうなのかが理解できなかった。お婆ちゃんの怪我の具合が一体どんな具合なのか知りたかったが、僕と、それ以外の医者や看護師、警官との間にある見えない膜が邪魔をして、尋ねることができなかった。

     第593話へ戻る 第595話へつづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?