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水深800メートルのシューベルト|第371話
体はナージフさんが持っていたボロ布のようなのに、頭だけは考えるのを止められなかった。長い間、重くてだるい体を眠りにつかせられなかったので、僕は立ち上がり、リビングの方へ爪立って様子を探ることにした。
部屋のドアの向こうからは、物音ひとつ聞こえてこなかった。お婆ちゃんが、夜勤の疲れで深く寝入っていることを確信して、僕は布団にくるまって、その中で鞄から取り出したピアノの電源を入れた。
暗い小さなほら穴で、ランプが鈍く光ってあたりを照らしていた。ボリュームを一番小さくして、いつも弾いている『シューベルトの子守歌』を弾いてみた。それは、壊れる前と変わらぬ優しいメロディーを奏でていた。最初は座って、布団をテントのように被って弾いていたが、調子が出て何度も弾いているうちに、優しい音にくるまれて緊張が解けたのか、寝そべって弾くようになった。
すると、すぐにピアノが歌う音が心地良い睡魔を連れて来てくれた。