見出し画像

Apple Vision Proが目指す「空間コンピューティング」とは?


2024年6月28日、Appleが開発する全く新しいデバイスApple Vision Proが日本でも発売されました。Appleはこの Vision Proについて、ホームページで「空間コンピューティングの時代が始まります。」と表現しています

出典:https://www.apple.com/jp/apple-vision-pro/

ここでAppleが宣言する「空間コンピューティングの時代」とは具体的に何を意味するのでしょうか?この記事では、他の用語やデバイスと比較しながら、Apple Vision Proが目指す「空間コンピューティング」について考察してみようと思います。

(この記事は、「MESON Apple Vision Proアドベントカレンダー # 2」19日目の記事です。)


Appleが選択した「空間コンピューティング」という概念

「空間コンピューティング/Spatial Computing」という言葉自体は新しいものではなく、2003年にMITのSimon Greenwoldが自身の論文「Spatial Computing」で「機械が実際のオブジェクトや空間への参照を保持し、操作する機械との人間の相互作用」と定義しました。その後も、この言葉は様々なHMD(ヘッドマウントディスプレイ)技術を表現する際に度々使用されてきました。

「空間コンピューティング」という言葉が使われてきた変遷については、こちらの記事をご参照下さい。

またHMD技術の表現として他にも、AR(Augmented Reality/拡張現実)、VR(Virtual Reality/仮想現実)、MR(Mixed Reality/複合現実)、XR(Cross Reality/クロスリアリティまたはExtended Reality/エクステンデッドリアリティ)という用語が使用されることもあります。

ここで大変興味深いのが、Appleが開発者に向けたアプリ提出に関する説明の中で、

空間コンピューティング:アプリは空間コンピューティングアプリとして言及してください。アプリ体験を、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、クロスリアリティ(XR)、複合現実(MR)などと表現しないでください。

出典:https://developer.apple.com/jp/visionos/submit/

というように、Apple Vision Proにおける体験が「AR/VR/MR/XR」ではなく、「空間コンピューティング」であるということを明確に主張しているところです。

なぜAppleはVision Proでの体験の表現に、「AR/VR/MR/XR」ではなく、以前から存在した「空間コンピューティング」という言葉を改めて選択したのでしょうか?「空間コンピューティングの時代が始まります。」という表現からも分かるように、これは単なるマーケティング戦略の結果だけではなく、Appleが新しいコンピューティングを創造しようとしているのだと考えられます。

「AR/VR/MR/XR」の捉え方

では、AppleがVision Proの体験の表現として避けた「AR/VR/MR/XR」とは何なのでしょうか?これらの用語は、マーケティングにおける差別化で使いわけられることもあり、現在の市場での使われ方を見ると解釈は様々です。特にMRはAR/VRとの境界線も曖昧です。そこで今回は、MRという用語の起源から考察してみたいと思います。

Microsoftは、MRという用語の起源について以下のように説明しています。

"複合現実" という用語は、Paul Milgram と岸野文郎による 1994 年の論文『複合現実のビジュアル表示の分類』で初めて紹介されました。この論文では、"仮想現実連続体" の概念と、ビジュアルディスプレイの分類が研究されていました。

出典:https://learn.microsoft.com/ja-jp/windows/mixed-reality/discover/mixed-reality

この論文では、Reality–virtuality continuum(仮想現実連続体)という図式の中で、見える世界が全てフィジカルであるReal environment(実環境)と、見える世界が全てバーチャルであるVirtual environment(仮想環境)の間のグラデーションがMR(Mixed Reality)であると捉え、フィジカルとバーチャルの見分けがつかない状態を中心としています。

出典:Reality–virtuality continuum(仮想現実連続体)

つまり、フィジカルとバーチャルがそれぞれどの程度のレベルで混ざりあっているかという表示の視点で捉えられていました。その後、複合現実の応用は表示の範囲を超え、ハードウェアによる環境把握や人間認識技術の発展により、フィジカルとバーチャルの相互影響も含まれるようになってきたと思います。

このように「AR/VR/MR/XR」という言葉は、フィジカルとバーチャルの表示のグラーデーションの中で生まれ、発展してきたと考えられます。

「AR/VR/MR/XR」の捉え方

「空間コンピューティング」の捉え方

一方、「空間コンピューティング」はどうでしょうか?AppleのCEOであるTim Cookは、Apple Vision Pro発表の際、以下のように述べています。

“Just as the Mac introduced us to personal computing, and iPhone introduced us to mobile computing, Apple Vision Pro introduces us to spatial computing. ”
「Macが私たちにパーソナルコンピューティングを、iPhoneがモバイルコンピューティングを導入したのと同様に、Apple Vision Proは私たちに空間コンピューティングを導入します。」

出典:https://www.apple.com/newsroom/2023/06/introducing-apple-vision-pro/

つまり、「空間コンピューティング」という言葉は、「AR/VR/MR/XR」のように「フィジカルとバーチャルがそれぞれどの程度のレベルで混ざりあっているか」という表示の視点ではなく、「モバイルコンピューティングの次に来る、新しいコンピューティング」という捉え方ができるでしょう。

Appleが導入してきたコンピューティングの歴史

Apple Vision Proが持つ3つの新しい特長

そこでここからは、「モバイルコンピューティングの次に来る、新しいコンピューティング」という視点で「空間コンピューティング」を考察していきます。「AR/VR/MR/XR」と表現されてきた他のこれまでのデバイスと比較し、新しい特長を明らかにすることで、Apple Vision Proが目指す「空間コンピューティング」を紐解いていきたいと思います。

①同時に複数の3Dアプリを開いて使えるマルチタスク

出典:https://www.youtube.com/watch?v=GYkq9Rgoj8E&t=5462s

まず、Apple Vision Proのアプリのコンテンツは、Window、Volume、Immersive Spaceと呼ばれる3つのシーンタイプ(アプリのコンテンツを表示する領域)によって空間上に配置されます。

出典:https://developer.apple.com/documentation/visionos/adding-3d-content-to-your-app

私は、Apple Vision Proの最大の特長は、Windowや3Dで表現されるアプリ表示するVolumeと呼ばれる領域を、複数同時に配置できる点にあると考えています。

出典:https://developer.apple.com/visionos/

これにより、PCのディスプレイ上で複数のアプリを起動して情報に接する形や、スマートフォンの画面で単一のアプリから情報に接する形とは異なる、デジタル情報をより身体的に感じ操作するという、人と情報の新しい接し方を与えてくれると考えています。

MESONでは、この新しい情報との接し方について考察し、「SunnyTune」というApple Vision Pro向けのアプリを開発しました。詳細は、以下の記事をご参照下さい。

これまで、こうした情報表示ができるデバイスは、多くはありませんでした。例えば、Meta Quest 3というデバイスでは最近のバージョンアップ(v67)で複数アプリのウィンドウを空間に自由に配置できるようになりましたが、Vision Proのように立体的なアプリを複数同時に空間に自由に配置することはまだできません。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=6hz8oHQKZYQ

また、Magic Leap 1というデバイスでは立体的なアプリを複数同時に起動することができ、かつては空間コンピューティングを謳っていた時期もありました。しかし、Magic Leap 1には後に説明する2つの特長が欠けているように思われます。

もちろん、Vision Proも他のデバイスと同様に、表示領域の制限なくバーチャルオブジェクトを表示できるImmersive Spaceでアプリを起動すれば、複数のアプリが同時に表示されるShared Spaceから、単一のアプリのみが表示されるFull Spaceに切り替えることができます。これにより、より没入感の高い体験を提供できます。

出典:https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2023/10260/

②目、手、声で操作できる身体的で直感的なインターフェイス

こちらの動画から分かるように、Vision Proの基本的な操作は、目線をバーチャルオブジェクトに合わせて、手でタップしたり、ピンチ&ドラッグすることで行います。

これまでもアイトラッキングとハンドトラッキングを備えたデバイスは存在しましたが、これらをシステムレベルで組み合わせて快適に使えるデバイスはありませんでした。

この操作の快適さは、実際に体験しないと伝わりにくいものがあります。従来のデバイスで使用されていたコントローラーでポインターやレイを飛ばして操作する方法とは大きく異なります。空間上に複数のアプリを同時に配置し、それらをまるで現実のフィジカルなオブジェクトを手に取るかのように、身体的かつ直感的に操作することができます。

こうしたインターフェースは、デジタル情報をより身体的に感じ操作するという、人と情報の新しい接し方を支えてくれます。

③フィジカルとバーチャルを自然に融合させる技術

Apple Vision Proは、高解像度ディスプレイと広い視野角、12台のカメラと5つのセンサーが高度に統合されており、フィジカル空間にバーチャルオブジェクトを違和感なく融合させる技術を備えています。

センサーによってフィジカル空間の形状や環境光を把握することで、フィジカルのテーブルにバーチャルオブジェクトの影を落とし、環境光がバーチャルオブジェクトに影響を与えることで、バーチャルオブジェクトが実際にそこに存在するかのように描画されます。この技術は、他のデバイスと比較して類を見ないレベルに達しています。

これにより、バーチャルで表示されるオブジェクトを、フィジカルに存在するオブジェクトと等価に感じられるようになります。そして、デジタル情報をより身体的に感じて操作するという、人と情報の新しい接し方を支えてくれます。

私は、これら3つの特長がApple Vision Proを「空間コンピューティング」デバイスとして成立させる要素となっていると考えます。

Apple Vision Proが目指す「空間コンピューティング」とは?

Apple Vision Proは他の「AR/VR/MR/XR」と表現されるデバイスと比較して、以下の3つの特長がありました。

①同時に複数の3Dアプリを開いて使えるマルチタスク
②目、手、声で操作できる身体的で直感的なインターフェイス
③フィジカルとバーチャルの自然な融合

私は、これら3つの要素で作られる体験こそがApple Vision Proが目指す「空間コンピューティング」であり、それは我々にデジタル情報をより身体的に感じて操作するという、人と情報の新しい接し方を与えてくれるものであると考えています。

人と情報の新しい接し方を与えてくれる「空間コンピューティング」

最後に

ぜひApple Vision Proを活用したアプリ開発に取り組んでみたいという方は以下のお問い合わせフォームよりご連絡ください。

MESONについてもっと知りたい方はぜひ以下の公式ホームページを御覧ください!

参考文献


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?