金曜夜

「まだらのひも」を読んでいました。

推理小説は昔から好きでした。推理小説ってものは大抵は事件が起きて、誰かキャラの濃い人が解決する、っていうような展開ですね。推理小説を好む人の中には「一体どんなトリックなんだ…!?」って気にしながら読む人もいると思うんですよね。私も御多分に漏れず、最初は気にします。「一体誰がどんなトリックでこんなことを!?」と思いながら読んでます。
本を最後まで読みおえた時、犯人はかろうじて分かります。ですが、トリックを理解できたことはほぼありません。

いままで読んできた推理小説やミステリーといった類のものを思い返しても、基本的にトリックがわかった覚えはないです。読み終えてるはずなのに。読み終える頃には「Aさんが恨みを持ってて(なんやかんや工夫して)殺したんだなあ」とスッキリしていますが、その(なんやかんや工夫して)=トリックの部分にはそこまで興味がないというか、多分時間をかけないと理解ができないので、読み飛ばしているようです。

しかし、よく考えたら不思議なことです。どうしてそれを楽しんで読んでいたのだろうか?というか、自分がトリックを理解できないことなど一切気づかないまま、好んでいました。うーん。雰囲気が好きだったのでしょうか。

そもそもなぜこんなことに気づいたのかというと、お酒を飲んでいたからです。お酒を飲んでいると、普段イライラしないことでもイライラするし、普段人に聞かないようなことでも聞くので。


昨日もそうでした。イライラしつつ、何度もページをめくっていました。ふと、電話口の向こうの人は私よりもよっぽど賢い人だったと思い出して、文意のわからない文章について、人に聞いてみたいと思いました。先程も書きましたが、普段ならやらないことです。お酒を飲むと、試みをやりたくなるものですよ。とにかく私は「あのさ、この文章の意味ってわかる?」と読み上げてみたのでした。

建物は、苔むした石造りで、地は灰色、中央部が一段と高くなっており、それから左右へ棟がそれぞれ翼状にのびていた。

コナン・ドイル 『まだらのひも』8章より

これは、ホームズが現場検証をする場面です。この二文のあとに、事件が起こった建物の構造を説明する記述が続きます。私は、ここでの一連の記述を読んでいる途中、頭の中で建物を想像できず、無駄にイライラしていました。

電話口の向こうのAくんは、「あ〜」と言い、それから「国会議事堂のようなね」と言いました。私はイライラしているので、Aくんになぜそういう風に理解できるのか?なぜ私はこれを理解できないのか?問いました。

そんな面倒くさい私に付き合ってくれたAくんのおかげで、あることがわかりました。

それは、私は、頭の中で厳密に、かなり視覚的にイメージしたがる傾向があるということでした。

あえて具体的に言えば、
「苔むした石造り!?どれくらい苔むしてんだよ!!!真緑か!?それともちょっとだけか!?石造り!?レンガみたいなことか??それとも城壁的なことか??わかんねーーよ!!!」
「地ってなんだよ!!!地が灰色でそれ以外は何色なんだよ!!!」
「翼状!?上から見た時のか!?それとも前か!?前はナイか!さすがに!前ってなんだよ!!!」
とかなんとか文句を言うくらいでした。たったひとつの文章に対してこんなことをしていては読み進められないので、ある程度なんとなく理解して読み進めればいい、というのが本を読むコツなのでしょう。
しかし、私の場合はそのある程度が結構いい加減で、「人のエモーショナルなところ以外はようわからんけどまあいっか」状態で楽しんでいたようです(昔は)。

まあ、楽しみ方は人それぞれです。

しかし残念なことに、最近の私は、まだらのひもを、結局あまり楽しめませんでした。人の心の動きにも振り回され、現実的な記述にも満足できず、どう楽しめばよいのかわかんないにゃあというのが正直なところでした。

悲しいですね。悲しみの紐ですね。
悲しみの紐が出たので、今日はおしまいです。

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