シェア
イブキが意識不明と聞かされた後の記憶がない。気付いた時はリビングのソファーに沈み込んでいた。目の前には強張った母の顔がある。 「ああ、気がついた、よかった。このままだったら救急車呼ぼうかと思ってたんだ」 いま私どうしたんだっけ。母の声が緩むのを聞きながら、受けた衝撃を思い出した。 「急に真っ青になって倒れるんだもの。みのりまでまさかって、お母さん、怖かったよ。痛い所はない? 気持ち悪くない?」 「大丈夫……ねえ、それでイブキは」 「まだ目が覚めないって。お医者さんも
我が家には大きな掛軸があった。それには昔から北の裏山に棲むと謂れのあるカラス天狗が描かれていた。 なんでも曽祖母は若い頃に遭遇した事があるのだとか。幼い頃はその話を何度も聞いたものだ。 「とても立派な天狗様だったわ。大きさは栄昇(えいしょう)さんくらいかしら」 栄昇さんというのはうちの隣にあるお寺のご住職で、縦にも横にも大きなお方だ。 だけど肝心のその裏山はブロッコリーみたいに小さくて、頂上らしき小さな空き地には可愛い祠があるだけだった。周囲も建売住宅がズラリと
歩道に並ぶ山茶花がとても綺麗です。濃いピンクの花弁の中央に黄色がキュッとつまった、冬の可憐な彩りです。 恥ずかしながら私は、最近までそれが椿の花だと思いこんでいました。だけど世代的にはそんなモノだと思います。十代は日々目まぐるしく慌ただしいので、周りの景色を見回す余裕が無いのです。 年下男子が流行っている昨今を、母が苦笑しているのでした。何故ならうちの両親は、父が母の二つ後輩だったからでした。 「あの頃は年下と付き合ってると馬鹿にされて笑われたわ」 「じゃあどうし
バイト帰りの駅前でオオノ君に会いました。高校卒業以来でした。 「成人式に帰ってこないなんて。みんなガッカリしてたよ」 「テスト準備と補講で忙しかったんだよ。その代わり今年は夜神事に出るから」 「あれ、戌生まれだったの? おめでとう」 「ありがとう」 オオノ君は嬉しそうに笑いました。この界隈では春の夜神事に参加出来ると大きな厄払いになるのです。 「じゃあ私の厄も捨ててきてね」 「うん。任せて」 オオノ君は昔と変わっていませんでした。でも噂は聞いていました。咳をしたら