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〇うしろむき夕食店/冬森灯

冷たいグラスに注がれたビールは輝いて見えた。
ほどよい冷たさがのどを滑りおりると、
体に溜まった日々の澱(おり)が洗い流されていく。
きめ細やかでやさいい泡の口当たり。
はじけながらのどを潤す炭酸のさわやかさ。
甘さとほろ苦さの余韻も、私を内側から浄化してくれるよう。

一の皿 願いととのうエビフライ

お通しは洋風のきんぴらごぼう。
アンチョビ醤油で仕上げたのだというきんぴらは、
粒マスタードのぴりっとした辛みがきいて、
ビールによく合う。

一の皿 願いととのうエビフライ

今日の炊き込みご飯はアボカドとベーコン、
ムニエルは太刀魚だと希乃香さんは楽しげに教えてくれる。
「ごはんは注文いただいてから炊き上げるので、
少しお時間いただきますね。
今日の太刀魚、大きくてとっても新鮮ですよ!
お魚って大きく育ちすぎない方が
おいしいものも多いんですけど、
太刀魚は珍しく大きければ大きいほど
味がよくなるんです」
「お待たせしました、太刀魚のムニエルと、
アボカドとベーコンの炊き込みご飯です。
太刀魚はレモンとディルのバターソースでどうぞ。」

一の皿 願いととのうエビフライ

口に運ぶと、緑の鮮やかなアボカドは、
ただただ濃厚なおいしいクリームと化していた。
うまみの濃縮したベーコンと、
おだしと肉汁をたっぷり吸い込んだお米が、
ぴかぴか光っている。
希乃香さんに見立ててもらったクラフトビールのゆたかな苦みは、
アボカドとベーコンのうまみを引き出してくれ、
おのずと目尻が下がる。
ビールを好きと感じるのも苦手だと感じるのも、
この苦みの影響は大きいのかもしれない。
ビールの材料はシンプルだ。
水と麦芽、酵母、そしてホップ。
ビールらしさを感じさせてくれる苦みや香りは、
ホップから生まれるという。
ひとくちにホップといっても、
その香りも味わいも個性的で、
薔薇のような花の香り、ライチのようなフルーツの香り、
品種によって違うのだそうだ。

一の皿 願いととのうエビフライ

最初のひとくちはそのまま食べてみると、
エビのうまみが口いっぱいにあふれた。
さくさくと軽い衣の歯触りとあつあつの温度が、
ビールの冷たさに交わっておいしさが乗算されていく。
二口目には自家製タルタルソースをかけてみる。
まろやかな酸味に複雑な旨味が溶け込み、
しゃきしゃきとした食感も楽しい。
エビの甘みが引き立ち、
こちらもビールによく合って、
おいしさの幅はどんどん広がっていく。

一の皿 願いととのうエビフライ

「お待たせしました、柚子胡椒の唐揚げです。
お好みで柚子胡椒をつけて召し上がれ。」
志満さんがこんもりと盛った唐揚げを出してくれた。
うまそうな香りはもちろん、
ぽっちり添えられた柚子胡椒の黄緑色も鮮やかで、食欲をそそる。
たまらず口に放り込むと、
じゅわっと肉汁があふれた。
衣に入れたという柚子胡椒は、思ったより辛みも香りも穏やかだ。
次のひとくちは、箸先でさらに柚子胡椒をつけて楽しむ。
さわやかな刺激と香りが、
鶏の脂と一緒になって口の中を弾む。

二の皿 商いよろしマカロニグラタン

お通しに出された自家製のぬか漬けや、
里芋のポテトサラダもうまかった。
ポテトサラダには味噌を隠し味に使うそうで、
こんみりと深い味がした。
炭火であぶった数種類のきのこのグリルは、
ぱらりと塩をしてスダチを搾ると酒に最高に合い、
いちょうの葉をかたどった寒天や、
煎り銀杏の透明感のある緑が目にも楽しい。

二の皿 商いよろしマカロニグラタン

つけ麺が運ばれてきた。
混濁した茶色のつけ汁の表面に、
焼き目の付いたぶ厚いチャーシューと、
煮玉子の頭がのぞく。
麺は通常茹でてから冷水でしめるらしいが、
熱々のまま盛ってもらうと、
つけ汁が最後まで冷めずに美味しく食べられるそうだ。
とろみのあるつけ汁が
手打ち麺によく絡み、
麺をたぐる手が止まらなくなった。

二の皿 商いよろしマカロニグラタン

合わせて出されたお通しはれんこんのステーキで、
焦がしバター醤油の香りに耐え切れず、
口いっぱいに頬張った。
一口大のかき揚げのようだった。
サイコロ状の白っぽい具材が薄く色づいた衣の下にのぞく。
志満さんは白いソースと三色の塩を添えた。
「山の芋です。小さく切って揚げてみました。
食感だけでも、むかごに近くなればと思って
ソースはおだしでのばしたところです。」
三色の塩は、カレー塩、わさび塩、梅塩だそうだ。

二の皿 商いよろしマカロニグラタン

耐熱皿に盛られたグラタンは、こんがりと焼き色が付き、
まだふつふつと気泡を浮かべていた。
スプーンを差し入れると、白いソースがもったりと寄り添ってくる。
唇に触れ、あちっと思わず声が出た。
ふうふう息を吹きかけて、口に入れる。
ソースがとろけるように広がった。
濃厚なチーズが舌に絡みつく熱さ。
ざくざくしたパン粉が頬の内側をかすめる感触。
ぬる燗をひとくち飲めば、
すべてが渾然一体となって、体の中に溶けていく。

二の皿 商いよろしマカロニグラタン

炙ったタコとカマンベールチーズ、
オリーブをピックで刺したピンチョスに
にんにくと一緒に炒めた焼きブロッコリー。
それにmアンチョビバタートースト。
希乃香さんおすすめの辛口の白ワインをグラスに注ぎ、
ピンチョスをひとかじりする。
オリーブとチーズの独特の香りと塩気がワインに合うのはもちろん、
弾力のあるタコの、食感と味わいのバランスがたまらない。
炒めたブロッコリーはコリコリして、
にんにくの香りが食欲をそそる。
色よくカリカリに焼きあがったバゲッドには、
アンチョビの癖のある香りがしみこみ、
ワインがとまらなくなる。

三の皿 縁談きながにビーフシチュー

冬野菜のスフレは、大根やにんじん、
ほうれん草を重ねた断面の彩りがきれいで、
口にれるとふわっとチーズの香りが広がった。
オーブンでまるごと焼いたまま
たまねぎはとても甘く、
添えられた燻製醤油をたらすと、
いっそうワインが欲しくなった。
山ブドウの原液をソーダで割ったアメジストソーダは、
香りや雰囲気がワインに近く、
だからこそよけいに、もどかしい。


三の皿 縁談きながにビーフシチュー

円形の耐熱皿に入ったビーフシチューは、
深みのあるいい色をしていた。
ごろりと大きなお肉の塊と、にんじん、じゃがいも、
ブロッコリーが彩よく盛り付けられている。
フルボディのワインに合わせたら
さぞおいしいだろうと想像するせいか、
料理から芳醇な赤ワインが香る気がした。

三の皿 縁談きながにビーフシチュー

お通しの蒸し野菜には、二種類のソースが添えられていた。
あっさりした豆腐のクリームと
にんにくとパセリとたまねぎの深みのあるバターソース、
どちらもほこほこしたにんじんやかぶにつけると、
野菜がつまみに変化して酒をいっそうおいしく感じさせてくれる。

四の皿 失せ物いずるメンチカツ

運ばれてきた小さな土鍋を蓋を取ると、
真綿のような湯気と、おいしそうな香りが立ち上った。
白い土鍋の底がほんのり色づいて見えるスープに、
ひとくちサイズの鶏肉と、
きのこやねぎ、青菜が浸かっている。
白濁した水炊きもおいしいが、
こういうシンプルなのも悪くない。
取り分けて、木のスプーンで口に運ぶと、
しょうがの香るスープは、
滋味あふれて、体のすみずみに染み渡っていくようだ。

四の皿 失せ物いずるメンチカツ

燻香のきいたチーズは、もっちりと歯ごたえもいい。
オイル漬けの牡蠣はなめらかでぷりぷりとして、
噛み締めると口の中に海が広がるようだ。
豊潤なうまみ、磯の香りに
水割りにしたウイスキーを重ねれば、
生きる喜びとはこのことだとしみじみ感じる。

四の皿 失せ物いずるメンチカツ



冬森さんは、料理を口に入れた時の
表現というか描写が
とてもリアルだなと思って読んでいた。
まるで自分も口に入れたみたい。
生唾がじゅわ~っとでてくる。



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