【開催レポート】レッド・データ・フード:消えゆく食文化と向き合うために~第1回~
2024年10月24日に、「レッド・データ・フード:消えゆく食文化と向き合うために」第1回の講義を開催しました。
第1回は、「食文化はどのように継承できるか」という問いをテーマに、食文化をかたちづくる要因と、食文化と生活文化(=暮らしぶり)を軸に各地域の個性を発見し魅力的なコンテンツを生み出す小林さんの編集手法について教えていただきます。
この講義の講師は、編集者の小林淳一さん。青森県津軽地方の伝承料理を保存する「津軽あかつきの会」の活動を10年以上にわたりサポートし、書籍『津軽伝承料理』の企画・取材・編集を担当されました。
1. 編集ってどんな営み?
『Metro min』や『旬がまるごと』など雑誌にとどまらず、飲食店や旅までをメディアと捉え"編集"する小林さん。小林さんにとって「編集」とはどういうことなのでしょうか。
その前提として、「世の中は『コンテクスト(=文脈)』と『コンテンツ(=核)』でできている」と小林さんは言います。世の中を構成しているコンテンツを、一定の意思を持ったコンテクストで束ねる作業が小林さんの行う「編集」です。
【コンテンツを編集する2つのパターン】
さて、「編集」と聞くと、書籍など編集者の仕事と考える方も多いのではないでしょうか。しかし、新聞、雑誌などの編集は氷山の一角でしかないのだそう。小林さんは「すべての人が生まれながらのエディターである」という外山滋比古さんの言葉に学生の頃出会い、今でも心に留めているといいます。
外山滋比古さんは「不調和を高度な調和にまとめる人は編集者である」といい、オーケストラのコンダクター(演奏者→楽曲)も、料理人(食材・空間→食事時間)もコンテンツからコンテクストに編集する営みだと述べています。
【このコンテンツから何を料理しますか?】
人間活動そのものが編集という営みとして、わかりやすいよう身近な編集事例を出していただきます。それが「料理」です。
【地域を編集するとはどういうことか】
青森県や滋賀県などで観光アンバサダーを務めた経験をもつ小林さん。先ほど編集には①コンテンツ→コンテクストと②コンテクスト→コンテンツの2パターンあることを紹介しましたが、地域の場合はコンテクストが先立ってしまうとその地域の本質にはたどりつかないといいます。
①「コンテンツ」を遡上に上げる
小林さんが素晴らしいコンテクストを作り上げる大前提はこの作業。例えば郷土料理をとってみると、現地で食べられているものを下の画像のように徹底的に洗い出します。最も時間をかけているそうです。
②「コンテクスト」を探す
コンテンツを集めていくと、あるところで一定のコンテクストが見えるようになると小林さんはいいます。コンテクストが見えるようになるとようやく人に伝えられるストーリーになっていきます。
上の画像であげたマインドマップは小林さんの資料の中のごくごく一部。青森県の中でも主食を切り口にしたもの、保存食を切り口にしたもの、海産物を切り口にしたものなどさまざまあり、それぞれからコンテクストを見出しているのです。
2. 食文化をかたちづくる要因
ここからは小林さんが主に対象とされている食文化継承に内容を寄せていき、食文化をかたちづくる要因を2つの事例から説明してくださいました。
◉地理がかたちづくる食文化
ある地域の食文化を探るときは地理条件によって食文化に違いが現れます。太平洋側と日本海側では気候や風土の違いから取れる作物に差があるのです。
うどんやほうとうなど小麦を使った郷土料理が多い太平洋側
背景:反対に夏は冷涼なためお米が育たない。ただ冬は雪が少なく日照時間が長いため、寒くても育つ穀物(小麦・そば)が冬場に作れる。
お米をふんだんに使える食文化を持つ日本海側
背景:太平洋側からの冷気が山脈で遮断され、暖かい海流の熱があるため夏の気温が高く米が豊富に取れる
主食の違いは、北東北でも北関東でも同じです。小林さんは「ある地域の食文化を知りたければ、まず気候的な視点で見る」と言います。
◉政治的・人為的要因によって育まれる食文化
とはいえ人為的に規定される食文化もあると小林さんが事例を上げてくださいました。
「酸菜白肉鍋」。乳酸発酵して酸味が出てきた白菜の漬物と豚のバラ肉を一緒に煮た鍋です。もともとは中国の父春という極寒の地域で、9月ごろ収穫した白菜を翌年の春まで漬物にして取っておくことから生まれた食文化です。
しかしこの料理は、白菜の産地ではない(寒い地域ではない)、台湾の料理として有名になっています。
その理由を調べていくと、関係していそうなのが日中戦争。国民党と共産党が南北で戦っていて、国民党が不利になったとき台湾に逃げた人の多くが酸菜白肉鍋を食べていた北部の人たちだったそうです。
このように人為的に気候の違う食文化が地域に定着することもあるという一事例でした。
3. 食文化はどのように継承できるか
「食文化はどのように継承できるか」。今回のメインテーマでもあるこの問いを考える上で、小林さんに伺いたいのが津軽あかつきの会の事例です。
あかつきの会の活動は、先輩のお母さんたちに地域に眠っている料理をヒアリングし、レシピ化し、それを作って県内外から訪れる人に提供すること。小林さんが編集された『津軽伝承料理』という書籍では、そのレシピがアーカイブされました。
書籍を制作するにあたって、「伝承料理をどうやったら継承できるのか」という問いをチームで議論し続けたという小林さん。たどり着いた答えは、「作って食べるを継続すること」。作って食べさせる機会がなければ、レシピがあっても再現性がないといいます。
シンプルだけど難しいのが”継続すること”。なぜあかつきの会が今も伝承活動を継続できているのかという質問に「組織として成り立っているから」というお話もありました。小林さん曰く、圧倒的なリーダーシップがあること、組織としての役割を個々にアサインしていることが特にあかつきの会で徹底されているのだそうです。
また、「津軽地方以外の方が懐かしかったと言って帰っていく」というあかつきの会のお母さんから聞いたお客さんの感想から、なぜ地域が違うのに懐かしいと感じるのかというお話も興味深かったです。
この問いに対して、「あかつきの会の料理は化石燃料がなかった時代に作られてきた料理。だから地域が違ってもその環境は似ている。日本の食文化に慣れ親しんだ人なら感じる日本人のDNAとも言えるものを感じているのではないか」というのが小林さんの仮説だそう。なんとスイスから来た方も「懐かしい」と言ったそうなので、発酵の味や香りがポイントなのでは?!と思ったりしていることもお話しいただきました。
4. レッド・データ・フード
地域内でどう残していくのかというお話の後は、あかつきの会の継承活動に地域の外の立場から関わった小林さんの視点をお話ししていただきました。
「外部の人間が何ができるかを考えた8年前の資料でお話ししますね」と【絶滅危惧食(レッド・データ・フード)保護協会】を見せてくださった小林さん。(今はこれとはちょっと違う結論が見え始めているそう。)
「食を守れば地域を守れる」という当時の熱い思いから、郷土料理・後継のいない飲食店・後継者不足の農産物..各地にある絶滅危惧を迎えている様々な食(=レッド・データ・フード)をどうやったら保護できるのだろうと考え、着目したのが”交流人口”と”関係人口”。
絶滅しそうな食文化を持つ地域と都市を繋いで、興味関心を持ってもらうこと、さらに食べてもらう機会、現地に行って交流する機会を作ること。地域と都市を繋いでいく活動が小さくても続くことで、食文化が忘れられることはないのでは・食文化が残るちょっとした起爆剤になるのでは考えていたのだそうです。
小林さんがキュレーターを務めてくださっているおいしい学校の北東北フードツーリズムはまさにこの繋いでいく活動ですね。
5. あかつきの会の料理を試食
小林さんの編集手法から、食文化の背景にある要因、食文化をどう継承していけるのかという問いを考える講義。お話を聞きながらあかつきの会から送っていただいたお料理をいただきました。
今回いただいた料理はこちら↓
試食中には、「この料理は今も地元で食べられているのか」という質問がありました。小林さんによると、一部は居酒屋でも食べられているが、りんごの漬物や鯨はあまり登場しないこと、豆漬けはどこでも食べられるが漬ける人のセンスが出ることを教えていただきました。
あかつきの会の料理を一緒に食べ、「食文化をどう継承するか」という問いを一緒に考えた講義参加者の皆さんは、先ほどのお話にあったようにあかつきの会の関係人口です。
最後に
この講義には、食文化継承にすでに関わっている/関わりたいという方が多く参加してくださったのですが、特に「自分の地元の食文化ではない場合、外部の自分が地域の食文化継承に携われるのだろうか」という悩みが多かったです。
「昔は熱い思いを持って継承していこうとしていたけれど、今は少し違っている。自分にできることをと作って継承している人のニーズが合えばいいなと思うくらい。私の場合はチラシに書いていた大量のレシピをデータにしたり、東京からあかつきの会の料理を食べたい人を春夏秋冬連れて行ったり。食文化が残ってほしいという希望はあるけれど、どちらかというと食べ手として関わる立場です」と小林さんがおっしゃっていました。
講義を通して、食文化を残す方法は「作って食べさせることを継続すること」というシンプルな答えだった一方で、それを実際に続けることが難しいことを改めて感じました。ただ自分が作り手という当事者でなくても「作る・食べる・継続する」という継承活動に関われるのではないかという前向きな気づきがあったのはとても印象的でした。
参加者の皆さんにとっても、作って食べさせることとは異なる立場から食文化継承に関わってきた小林さんの経験と、地域の食文化と地域外の人を繋ぎ関係人口・交流人口を増やしていくという手法は参考になったのではないでしょうか。
さて次回は、「食文化をオリジンと代替で紐解く」をテーマに小林さんにお話ししていただく第2回。ゲストとしてAIR SPICE代表の水野仁輔さんにもお越しいただき、クラッシュカレーを提供していただきます!
次回のレポートもぜひお楽しみに!