僕はきっと、死ぬ瞬間もこの敗北を忘れないだろう【麻雀10連勝への道】
9連勝。
それは、僕の麻雀人生において経験したことのない数字だった。
向こう10年、いや一生訪れないかもしれない10連勝チャレンジ。
緊張に震えるマウスを握る手を落ち着かせ、「段位戦」のボタンをクリックして戦場に向かう。
――僕は完膚なきまでの敗北を喫した。
もちろん対戦相手には敗れた。
だが、それだけならこうして筆を執ることもなかっただろう。
敗北の原因が自身の己の心の弱さにあったことが、僕にこの上ない屈辱を与えたのだ。
対局内容
試合は序盤から乱打戦。僕はいつも通り無心でリーチを打ち続けるが、いつもとはリーチ後の緊張感が違う。普段リーチ中にスクワットをして心と体を整えている僕も、この対局は画面にかじりつかずにはいられなかった。
できることなら全局振り返りたいところだが、そんなことをしたら10000字超のnoteになってしまうため、今回はオーラスまで時計の針を進めることとする。
◇◇◇
序盤から積極果敢に攻め立て、命からがらトップ目でたどり着いたオーラス。勝利は目前だが、決して油断はできない。
この試合中、僕は「油断するな、油断するな」と何度唱えたかわかったものではない。
今思えば、この時点ですでに平常心は失われていたのだろう。
2着につける対面との点差は3800点。これは、かなり現実的に逆転を許してしまう点差だ。
自分がリードしているものの、なぜか自分が追い詰められているように感じる絶妙な点差。
だが、僕の頭は冷静だった。
・対面がアガらない
・自分が不用意に放銃しない
この2点をテーマに手を組み立てることを心の中で整理した。
そしてもらったこの配牌。
決して悪くない。いや、平常時であれば60~70点くらいはある好配牌だろう。
だが、このとき僕が抱いていた感情は全く別のものだった。
「怖い」
僕はこのじゃじゃ馬のような配牌に完全に気圧されてしまったのかもしれない。いったいなにが僕に畏怖の念を抱かせたのか。
「自分が不用意に放銃しない」
この方針を意識しすぎるあまり、僕はできる限りリーチをしたくないと考えていた。
だがどうだろう。この手の終着点はだいたいリーチだ。かろうじて期待できる手役は一気通貫、そしてツモに身を任せるしかないピンフくらいだろうか。
「おれはこの子をしっかり育てることができるだろうか」
そんな一抹の不安が頭をよぎる。
しかしそんなことは言っていられない。やるしかない。
そう心を整えて、第一ツモに手を伸ばす。
持ってきたのは七萬。
悪くないツモだが、またリーチへ一歩前進してしまったような印象を受ける。
ひとまずオタ風の西を切る。
すると、下家がこれをポン。
「よし!!」
思わず声が出た。
下家がツモアガってくれれば、その時点でゲーム終了。
僕のトップを確定するための、一番安全ともいえるルートだ。
だが、放銃だけは絶対に許されない。
この点は、決して忘れていなかった。
点差は3800点。下家に放銃してしまえば、2着に転落してしまう可能性は非常に高い。
ここからは、細心の注意を払って打牌を選択しなければならない。
その後の動向を見ていると、下家はどうやら筒子のホンイツが濃厚。
できる限りアシストをして、アガリまでの速度を速めてあげたい局面だ。
戦況が動いたのは数巡後。
対面が南をポン。
僕はきっと、苦虫を嚙み潰したような表情をしていただろう。
この状況下で、一番やられたくないことをされてしまったからだ。
対面の打点は現状では予想がつかない。
1000点から8000点までなんでもある状況だ。
そして、下家はホンイツ仕掛け。不要なマンズとソーズの赤ドラは容赦なく切り飛ばすだろう。
これを加味すると、対面が3900点以上のアガリをものにする可能性はさらに高まる。
焦る。
春の夜の涼しさに冷える身体に反して、手には嫌な汗がにじむ。
もう、この時点で自分がアガる意識は薄れていたように思う。
「下家にアガってもらうしかない」
そんな思考が頭を支配していた。
一刻も早く、自分の首根っこまで手を伸ばしている対面から逃げきりたい。ゴールしたい。解放されたい。
そんな精神状態で、手にやって来たのは2ピン。
同巡目で対面が5ピンを切っていることもあり、
ロンされることはほとんどない牌だ。
僕は、大喜びで2ピンをツモぎった。
――手牌に輝くドラの6ピンを残して。
もくろみ通り、下家は2ピンをチー。
チー出しで打たれたのは、場に1枚も出ていないションパイの中。
まだ筒子は余っていないものの、テンパイの可能性もある。
少なくとも、遠い仕掛けではないと確信させるような中切りだ。
「はやくアガってほしい、はやくアガってほしい、はやくアガってほしい、はやく…」
その一心だった。対面が発するプレッシャーから、不安と緊張は極限に達していた。
そのはやる気持ちは、悪魔の囁きを受け入れるには十分な心のスキマを作る。
「下家はまだテンパイじゃないだろう」
たしかに、筒子はまだ余っていない。
ならば、ドラそばでギトギトに脂っこい5ピンを切り出している対面よりもはやく下家がアガる可能性を高めたい。
十分に検討はした。この精神状態の自分の頭で考えられることは全て考えた。
気づけば、僕は6ピンを河に放っていた。
「さあ、はやく鳴いて一番手でテンパイしてくれ!!」
心からそう願った。
目の前が真っ白になった。
己に負けて気づいた麻雀に対する想い
齢27にして、本気で涙をこぼしそうになった。
敗北したことに対する涙ではない。自分の心の弱さに対する涙だ。
対局を終え、落ち着いた心でこの文章を書いているいま、どう見てもこの6ピン打ちはリスクが高すぎる。
対面がアガる確立、下家のテンパイ率、自身が着落ちする条件…。
その他さまざまなことを考慮すると、普段の僕の基準だと絶対に切ってはいけないと感じる牌だ。
今思えば、「自分が不用意に放銃しない」という方針は「怖い」という気持ちによって完全に思考の外に追いやられていた。
今年…いや、ここ数年で一番ひどい放銃を、この土壇場でしてしまった。
検討は、した。
した…つもりだった。
あのとき、時間をたっぷり使って考えられることは考えた。
だが、僕の頭は完全に恐怖に支配されていて、十分な検討をしたと錯覚してしまった。
焦りがあった。はやくこの状況を脱したかった。
その逃げの姿勢が生んでしまったのが、この結果である。
麻雀は運が絡むゲームだ。
もちろん、どうあがいても勝てない対局もあるだろう。
だが、今回はそうではない。
麻雀の神様は、僕に勝利への道筋を用意してくれていた。
掴みかけた勝利を、自らの心の弱さで手からこぼしてしてしまったのだ。
極限の状態でのパフォーマンスこそ真の実力。悔しいが、これが今の自分の実力ということだ。
◇◇◇
こうして僕の10連勝チャレンジは、己の未熟さをこれ以上ないくらいに痛感させられる形で幕を閉じた。
正直、今も悔しさは消えない。
いや、今後もこの悔しさを忘れることはないだろう。
これまでの人生で、こんなにも悔しいことがあっただろうか。
少なくとも、自身の記憶にはない。
それどころか、部活、受験、就活といった人生の一大イベントにおいて失敗したときも、涙したことはなかった。
自分の中で、麻雀がどれほど大きな存在であるか、気づかされた。
なにをバカな、と笑われるだろう。
自分でもそう思う。
だが、どうしようもないほどに心を動かされた事実は変わらない。理由は自分でもわからない。
やっぱり、愛の理由なんて考えるだけ野暮なのかもしれない。
正直、試合を開始する前、心の奥底では勝てないと思っていた。
いや、勝ちたくないと思っていた。
麻雀が、そんな簡単なものであってほしくないからだ。
麻雀は簡単に甘い蜜を吸わせてはくれない。
必ず、必ずどこかで大いなる障壁を叩きつけてくる。
麻雀を始めてたかだか十数年の自分が簡単に10連勝を達成できるような、そんな甘さを持っていてほしくない。
そんな感情を、心のどこかで抱いていた。
「これからも麻雀に人生の難しさ、厳しさ、自分の小ささを教えてほしい。」
きっと、それが自分の心からの本心だったのだ。
それは勝利よりも、もっと大切で尊い気持ちだった。
今回の敗北は、本当に悔しいものだ。
今晩は悔し涙で枕を濡らしているかもしれない。
だが、いま僕の心は麻雀に対する愛情で溢れている。
やっぱり、麻雀は麻雀だった。それを再確認できたし、自分の麻雀に対するちょっと普通ではないレベルの想いを確かめることができた。
大人になってから、子どものころのように注意される、怒られるといった機会はなくなった。
だが、麻雀はそれをしてくれるのだ。
己の未熟さ、心の弱さ、この世界の理不尽さを愛をもって教えてくれる。
「クソゲー―!!」
「二度とやらんわ!!」
と罵られ、時に憎まれながらも、厳しい愛をもってプレイヤーに接してくれる。
今回の経験も、間違いなくおいもとという人間を成長させてくれる出来事だった。
ありがとう、麻雀。
また己を鍛え上げて、生きている間に10連勝できるようにがんばろう。
その時はまた辛く、厳しく、試練を与えてほしい。
麻雀に心からの感謝を込めて。
ああ、やっぱり麻雀っておもしろいなあ。