「生徒に寄り添う」について
よく聞きますよね。「生徒に寄り添う」。
私はあまりこの言葉好きではありません。なぜ嫌いか、それは普段から私は生徒たちには自分の考えや視点は絶対的なものではなく、個々人の数だけ視点や考え方は存在するということに気付いてほしいと思いながら生徒に対応してるから。
生徒の気持ちに共感して寄り添って理解してあげて、なんなら友人関係トラブルに関しても裏で動いてあげて、、、、こういう風にしてしまうと、我々の手から離れた彼らはそれらの問題に対処する術を持たないまま新たな環境に行ってしまう。確かに生徒の訴えに傾聴することは大切かもしれない。でも、その意見を全面的に認めてしまうのはどうかと思う。それは個々人の視点からみたものでしかないから。だから必ず他方の立場から見たときの見え方やほかの角度からの視点を考慮するように助言はするべきであると思う。
様々なバックグランドを持つのはわかる。でもだからと言ってその子に基準を合わせて要求の難易度を落とすのは違う。それは甘やかしであると思う。寄り添ってしまったら自分の視点が相対的なものであると気づかせにくくなってしまう。
私は常々、生徒たちにとっての環境でありたいと思っている。
生徒が快適に学校生活を送れるように環境を整えるのではなく、環境に適応できる能力を身に着けさせるために生徒がこれまでなあなあにしてきたマナーや礼儀をしっかりと要求していきたい。気持ちを察することはあってもそれを踏まえて気を利かせるなんて絶対しない。何か必要があるなら自ら行動してそれを達成させなければいけない。
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