平島(たいらじま)大事典 刊行記念おはなし会
2024.03.07 自宅から自転車で行ける場所で、稲垣尚友さんによる、なんとも不思議なおはなし会が行われた。
友人の橋口博幸氏から画像が送られてきて、行ってもいいのだなと思った。
ネットでは告知されていなかったのではないだろうか。
古民家の一室に30名くらいが集まって、じっくりと話を聞いた。あらかじめ話題を決めていたわけではなさそうで資料やスライドはない。
「何か質問はないですか?」と確かめながら、昔の話を静かに進めていくスタイルだった。会場となった古民家も、とある文化人が、とある文化人から借り受けている、実にレアな場所だった。
橋口氏と会う度に、必ず話題に登場する著者の稲垣尚友さん。現在82歳だそうだが、その生命力に驚かされる。2月10日、トカラ諸島・平島での暮らしをまとめた博物誌「平島大事典」を弦書房から刊行した。
ズッシリと思いこの本、収録項目は760余、イラスト・写真は220点と帯に書かれている。550ページを超える超大作だ。事典なのだから、トカラの方言が標準語に訳されている程度かと思うと、そうではない。それぞれの言葉に、体験や記憶が鮮明に記されている。
こちらが弦書房のサイトです
おはなし会では「小説家は記憶の行間を想像して虚構〜物語を作ることができるけど、私にはそれができないから、事実を書き留めている」とのことだった。
若い頃から、何かあるとメモをとる癖があり、ガリ版印刷で本にし、友人に配ることを繰り返していたそうだ。
小説家にはなれないとのことだったが「平島大事典」には、ものすごい分量の物語が詰め込まれている。本人の中ではドキュメントなのかも知れないが、読み手にとってはファンタジー的な側面を持っているのだ。
古民家を70棟以上解体してDIYしたという自宅が火事になって貴重な記録が燃えてしまったこともあるらしいが、そんな時には友人に配ったガリ版を取り寄せて記憶のパズルを組み合わせていったとのこと。
若い頃、日本中を転々とし、平島に取り憑かれてしまった稲垣さん。近代文明から一番遠い場所で、人は何を感じて暮らしているのだろうか?ということを確かめたかったからかもしれない。同じトカラ諸島に位置する臥蛇島は、国の政策で無人島化されてしまった。そういう意味で平島は、ギリギリ、国が統治できる環境なのであろう。そんな場所には人間の本性がうごめき、社会が成り立っている。マネー経済にまみれてしまった現代では、逆に最先端感を覚える!・・・これはお話の隅々から伝わってきた。
自分が鹿児島移住の決め手として日本画家・田中一村の存在が大きいのだが、彼もまた、南西諸島の魅力に取り憑かれた作家だった。稲垣さんもまた、南に答えを求める芸術家だ。
稲垣さんのお話は実に静かで素朴だけれども、誰にも真似のできない信念に突き動かされている熱さに溢れていた。自分も、創作意欲の原点を見直すよう、促されたような気持ちになった。
自分はこれから何ができるのか。
稲垣さんの圧倒的情報量の集大成に姿勢を正した1日でした。