「信じさせてよ」男子発言ノート24
ほんとうの砂肝はどんな味がするのだろう。
砂肝って確かざりざりした食感が苦手だったような。でもあれはハツだったか、カシラだったか……。と、出された砂肝炒めを一口かじってみるとやっぱりざりざりなのは砂肝で、すぐに取り皿に戻して隣席の友人男性・某氏に「私ダメだ。食べる?」と差し向けた。
焼き鳥屋で友人四人ほどでのお酒の席。非常識なのはわかっていた。だけど某氏なら、「何がダメなの」と言いながらパクリと食べてくれると思った。某氏はそんな人で、某氏と私はそんな関係だと思っていた。
だけど見当違いだった。「それはダメだよ、おーしまさん」とそこそこ本域で、こんこんと注意され、「ご、ゴメンなさい」と皿を引っ込めるしかなかった。
*
しゅんとしてその帰りしな、私は女友だちのよしぴに電話した。よしぴは、大学時代の演劇仲間で、ちょっとぶっ飛んでるけど、"人に甘えること"を身をもって私に教えてくれた大事な友だちだ。
まだ知り合って日の浅い頃。私の部屋へ泊まりに来たよしぴは、翌朝バイトに行く私をちょこんと縮こまりかがみ込むような姿勢で雑誌を読みながら「行ってらっしゃーい」と送り出し、夜バイトから帰宅した私を朝とまったく同じ姿勢で「おかえりー」と迎えた。また別の雑誌を抱えながら。そして確か、その晩も泊まっていった。
そのときだ。「何この人?」と思いながらも、素のゆるい姿をまま他人にさらけ出す"初めて出会う人種"よしぴに「あれ、もしかして私もこんな風に人に甘えていいのかな」と思えたのは。よしぴという人に出会えたことを今生、私はとても感謝していて、何かの麦の畑でいつだって私をつかまえてくれるような存在だ。
だから彼女に電話をして、「ね、よしぴさ。よしぴなら私が食べかけた砂肝、食べてくれるよね」と泣きそうになりながら訊いて、「うん食べるけど。どうしたの?」とすっとんきょうに答える彼女に「だよね!!!」と地元の駅を出た歩道橋の上で私は、むせび泣いた。
*
そして後日。あれは多分、何かの帰り路の夜。複雑に交差した高速道路の高架下を某氏と二人歩きながら、あの砂肝の話になった。
「私は、某氏なら食べてくれると思ったから」
「そんなわけないでしょう」
「でもあんなに怒らなくても」
「いや、あれは。あんなことしておーしまさんが今後またどこかでそんなことして他の誰かによくない、変な人と思われるかと思って」
私の行く末(?)を心配してくれてのことだという某氏。
「それは大丈夫なんだよ。某氏にだからあんな真似をするんだから」
「……わかんない。俺そういうの」
「だって友だちじゃん」
「友だちだからって何してもいいわけじゃないでしょう」
もっともだ、某氏の言うことは。だけど某氏は、なんていうか、そうした世間一般の常識とは一線を画した感覚の持ち主だと思い捉えていたので、そんなにもフツーにダメ出しをすることが思いの外だった。
「そりゃそうなんだけど、友だちだからしていいこともあるじゃん。確かにちょっとふざけたけど、某氏なら赦してくれると思ったから。それに私だって某氏が食べかけたもの全然、食べられるし。よしぴだって、」
ここでしばし「よしぴ」について語り、
「でも……俺にはそんな友だちいない」
「私がそういう友だちじゃん。私は某氏のこと大事な友人だって思ってるよ」
「信じられない」
と押し問答に。
もどかしかった。某氏は少し、繊細で、複雑で、でもそれにはいろいろな原因があって、私が知るのはその一部だけれど、時々彼が思いを吐き出す表情はひどく痛そうだった。
「甘えていいんだって、友だちには」
彼にとってのよしぴに、私もなりたいと思った。すると、
「だったら信じさせてよ! 友だちとか甘えるとかそういうの」
絞り出すような声で彼が言った。私はびっくりして、じぶんの動揺をかき消すように反射的に返した。
「当たり前じゃん!」
*
そのはずだった。当たり前に信じさせるつもりだったのに。それから1〜2度、某氏とご飯や散歩に出掛けたけれど、それっきりもう何年も会っていない。彼からも連絡はない。
私には彼の抱えている深層を受け止めることができなくて、ただ隣にいることもできなくて、私なんかじゃ、彼のよしぴになんてなれなかった。そして逃げ出したのだ、彼から。
どうすれば、どうしたら、よかった。
あの夜、あの灰色の高架下で。あんなにも悲痛な、彼の心からの叫びに、自信満々返したというのに。サイテーだし、恥ずかしいし、情けない。きっと彼は「ほうら、やっぱり」だったろう。友が吐いた砂肝を食べられると思っているくらいで友だちを語れるなんてそんなこと、なかったのだ。
たぶん砂肝は、味そのものというよりは、食感をたのしむ食べものだ。だけど噛むたびに、たのしむのとは別のざりざりした感触が突かれる。そして私には友一人信じさせてあげられなかった、味がする。
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