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みかん in the pocket
革ジャンのポケットにみかんが一個入っている。早朝の仕事先でご自由に食べてくださいと置いてあったものだ。最近は果物が高く、なかなかみかんを自分で買って食べることもない。これはラッキーとばかりに一個手に取り、合間の時間に食べようと思っていたが、タイミングを逃してしまい持ったまま仕事先を出ることになってしまった。
出先でみかんを食べるタイミングは難しい。そもそも飲食できない場所だとダメだし、かといって飲食店だと持ち込みになってしまう。その辺の屋外で食べてもいいのだが、近くにゴミ箱がないと剥いた皮を持ち歩くはめになり面倒だ。僕は非喫煙者だが、街中で喫煙できる場所を探すのはさぞ大変なことなのだろう。みかんでさえこれなのだから。
革ジャンのポケットにみかんが入っているというのは想像以上に危険な状態だ。もし転んでしまったりしたら、ポケットの中でみかんがぐちゃぐちゃに潰れてしまう可能性がある。転ばなかったとしても、脱いだ革ジャンの上に座ってしまったり、腰にタックルをされたり、ボールをぶつけられたりすることでみかんが潰れる恐れがある。常に爆弾を持ち歩いているような状態だ。危険極まりない。たまにタンク系のトラックにプリントしてある黄色地に黒の「危」というマークを背中に貼るべきなのかもしれない。
そんなわけで、僕は朝から革ジャンのポケットにみかんが入った状態で歯医者に行き、地下鉄に乗り、カフェで仕事をするなどしている。要所要所で革ジャンの着脱もしているが、今の所みかんは無事だ。常に気をつけているつもりなのだが、たまにみかんの存在を完全に忘れている瞬間があってヒヤッとする。注意すべき敵は他者ではなく無意識の自分なのかもしれない。自分がいとも簡単にみかんを潰す存在であることに自覚的にならなくては。
みかんを食べるチャンスはいつやってくるのか。それは、このあと仕事の移動で乗る特急列車である。列車内は駅弁を食べる人やビールを飲む人もいる空間なのでもちろんみかんを食べても問題ないし、車両間にゴミ箱も設置されている。車窓を流れる景色を眺めながら、優雅にみかん時間(韻踏み)と洒落込めることは確実なのだ。列車にさえ乗り込んでしまえば。
発車時刻は約1時間後。それまでカフェで作業を続けるので、このあとみかんが潰れる可能性はほとんどない。つまり、この勝負はもう勝ちが決まったようなものなのだが、そうした気の緩みが思わぬ悲劇を呼ぶことはよくある話である。泣きながらポケットから潰れたみかんを取り出すことにならないよう、引き続き気を引き締めていかなくてはならない。
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