オオカミのキャップ
散歩していたらバス停の側の植え込みにキャップが放置されていた。色は黒で、ずいぶん色褪せている。正面の、ラルフローレンなら馬に乗った人、プレイボーイならウサギ、カツオくんの帽子ならKの文字の刺繍が入っている位置に、遠吠えするオオカミの刺繍が入っていた。多分誰かの落とし物なのだろう。
それにしても、初めて見るデザインのキャップである。そういうブランドがあるのか気になって「キャップ 刺繍 オオカミ」で検索してみたが、特にヒットはしなかった。少なくとも有名なブランドということはなさそうだ。無名、もしくはマイナーなブランドのオオカミの刺繍のキャップ。持ち主はいったいどんな人なのだろうか。
帽子の色褪せ方を見るに、持ち主はそれなりに高齢である可能性が高い。50〜60代くらいか。わざわざオオカミのデザインのキャップをかぶっているということは、一匹狼的な性格なのかもしれない。同年代の友人と集まってグランドゴルフに興じたり碁盤を囲んだりすることなく、一人で散歩するのが唯一の趣味なのだ。一匹狼ゆえ、長年愛用したオオカミキャップをなくしたことを打ち明ける相手もいない。一人で慌て、一人で落ち込み、一人で立ち直って新しいキャップを買いに向かう。孤独ではあるが、当人はそれを辛いとは思っておらず、それなりに楽しんで日々を過ごしている。
そんな人物が思い浮かぶ。
もしくは、古着屋でこのくたびれた謎ブランドのオオカミのキャップをあえて買う、あいみょん菅田将暉的センス全開人間の可能性もある。手頃な値段の洋服を上手に組み合わせて、自分のスタイルを作り上げることができるタイプだ。この人物の場合は、キャップをなくしたことを恋人や友人に話しているだろう。銭湯で汗を流したあとの町中華でビールとか飲みながら、「こないだキャップなくしちゃってさあ」みたいな感じで。そして、じゃあ新しいやつを買いに行こう、と盛り上がり、連れ立って遅くまでやっている古着屋に向かうのだ。
そんな人物も思い浮かぶ。
実際の持ち主がどんな人なのかはわからない。わかるのは、色褪せたオオカミの刺繍のキャップをかぶっていた人がいた、ということだけだ。