いつか笑顔でコンビニを出る日
朝コンビニに行ったら、入り口で買い物終わりの客とすれ違った。4〜50代と思しき男性で、顔には満面の笑みを浮かべている。よほど満足のいく買い物ができたのだろう。持っていたのはクロワッサンぽいパンとペットボトルのスタバのピンク色の飲み物。朝食にするのだろうか。満面の笑みの男性は足取りも軽く颯爽と歩き去っていった。
店内に入ると、僕はすぐにその商品を探した。買った大人があれだけ嬉しそうにしている商品が一体何なのか気になったのだ。場合によっては同じものを買ってもいいかもしれない。この情報は、テレビやネットよりも遥かに信ぴょう性があり、口コミよりもリアルだ。何せ目の前で彼の輝く笑顔を見たのである。説得力が違う。
ドリンクはすぐに見つかった。特徴的なピンク色は飲料コーナーの冷蔵庫の内でも良く目立っていた。彼が買っていたのは「スターバックス ME MOMENT トロピカルピンク」という代物であった。タイトルが味の説明になっているようでなっていない気がするのでネットで調べてみると、
とのことだった。なるほど、美味しそうだ。まるでリゾートに出かけた気分になれるとあれば、それはテンションも上がることだろう。これからリゾートに行ける、いわば先ほどの彼は旅行前の状況だったのだ。人生の楽しい瞬間の中で間違いなく上位に入るであろう旅行前。それは笑顔も浮かぼうというものである。
そこまで考えて、僕はドリンクを冷蔵庫に戻した。確かに魅力的だが今買うほどではない。平日の、しかも雨の朝。たとえリゾートの力を借りたとしても、さして気分は上がらない気がした。蒸し暑い週末の夜とかだったら存分にリゾート気分に浸れるかもしれないが、今は違う。出会ったタイミングが悪かった。スタバは悪くない。この件に関しては。
続いてパンコーナーに視線を巡らせる。改めて見てみると、定番から変わり種まで多種多様なパンが並んでいて圧倒された。「パンコーナーっていっぱいパンがあるな〜」というバカみたいなことを考える。「テナガザルって手が長いな〜」くらいのレベルだ。そして、パンコーナーは飲み物コーナーに比べると商品ごとの色味に差異が少ないため探しづらい。木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。お店側に隠している気はないだろうが。
それでも「バラ色の珍生‼︎」スタッフばりの執念でパンコーナーをくまなく探し、なんとか目的のパンを見つけ出すことができた。彼が買っていた商品は「塩メロンクロワッサン」という代物だった。クロワッサンの表面をメロンパン生地でコーティングし、アクセントに塩味を効かせた一品である。見慣れないのでおそらく新商品だろう。クロワッサンとメロンパンの夢のコラボ。スクウェアとエニックスが合併したときの衝撃を思い出す。
そこまで考えて、僕はパンコーナーの前を離れた。塩メロンクロワッサン。たしかになかなか手の込んだ魅力的な商品ではある。だが、これは個人的な好みの話になってしまうのだが、僕は「塩◯◯」的な甘いものにそこまで惹かれないのだ。別に全然嫌いではないし、あれば食べる。そして食べたら食べたできっと美味しい。それはわかっているが、わざわざ自分で買うことはない。それが僕にとっての「塩◯◯」的スイーツなのである。
甘塩っぱいもの全般に惹かれないわけではない。むしろ好きだ。みたらし団子とかすごく好き。なのだけど、「塩◯◯」的スイーツ全般から滲み出る「塩を加えましたよ〜!こういうのお好きでしょう?気が利いてるでしょう?」感にちょっと引いてしまうところはある。天邪鬼な性格ゆえ、その手には乗らないぞ、というモードになってしまうのだ。
そんなこんなで、結局僕は、20%引きになっていたブリトーだけを買ってコンビニを出た。そのときどんな顔をしていたかはわからない。大好きなブリトーが安く買えていい気分ではあったが、笑顔ではなかったと思う。
いつか、自分にとっての「スターバックス ME MOMENT トロピカルピンク」と「塩メロンクロワッサン」が見つかったとき、初めて僕は満面の笑顔を浮かべてコンビニを出るのだろう。