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ピンポンツリースポンジへ宛てた手紙

愛であれ、死であれ、それは「青い目」を失うためのもの。それまで夢を見ていた二人が、それをやめてしまうことがある。それまで海の漂いながら、不思議な渦潮の中を散策していたのに、急にそこは海ではなくなる。そこはただの朝だ。朝の白い空に小鳥の囀りが響き渡る。ただそれを聞いているうちに、海の暖かみは霧となり、ここが自分の生きている世界なのだと知る。僕らは海を泳いでいたはずなのに。ここには何もない。なので鳥の囀りを捕まえて、泡に乗せてしまう。そうすることで、同じものを見ていられるから。海は消える。死も遠ざかるはず。そもそも僕らの目はとび色で、極楽鳥のそれとは違って地味なもの。どこを見たって、それは目に入る。公園の雀たちのようにね。そこに極楽鳥なんかが飛んでいれば、世界がそれを許すことはない。隔離されてしまい。解剖されたり。でも青が綺麗なことに変わりはなくて。それはなにもネモフィラに限らず、モルフォ蝶もそうだし。『歪み真珠』の装丁もそうだし。あとは何かあったかな。見ていると思ってはいても、見ていないことがとても多い。おそらく、どこを見たって、この世は青いのだろうし。だとしたら、目くらいは、青くないでいてくれたら、せめてもの救いだから。つまり青い目なんて、まだ誰も見たことがないはず。その花だって、青いのは夢の中でだけ。アイスクリームや大福なんかと一緒。それでも青くしたければ、そのままじっと待てばいい。全て泡になってはじけるのだから。あると思ってるものは、本当はそこにはない。鼠に尻尾がないのと同じこと。


この世界に甘さはなかった。あれらはただの夢でしかない。かといって口も乾くものだから、ほんの少しだけなら味があってもいいのかもしれない。しかしそれらは夢の味。海に甘さはないものだから、あんまり甘いからといって舐め続ければ、ものの数秒で干からびる。喉が渇くと欲しくなるから、ついつい飲んでしまうものだけれど、そこに甘さがあれば気をつけなければ。塩は甘くない。そう信じている。砂糖に見えようと、舌に当てれば分かる。そこに甘さなどはなかった。多くの人間が砂糖水に溺れたまま目を覚さないものだけど、そのせいで目の中にはオットセイが囚われたまま。牙を折って人間を殺したくても、そこはただの海だし、ナマズに化けて暴れても、目の中からは出られない。そこにしか生きる場所はない。彼らの視る世界がどんなものかは知らないけれど、きっとクラゲを待ちのぞむくらいには暗いはず。でもクラゲは流れ着いては来ない。それに乗って他の海を漂うこともできない。

オットセイが生きるのは、その目の中でだけ。目に映る海に泳ぎたくても、彼らはそこからは出られない。出られないからといって、泣いたところで海は塩の味しかしない。クラゲを飼えたら部屋は明るくなるはずだけれど、星の王子様によると、心で見えたものが全てらしく、何をしようとオットセイの沈む海に明かりは灯らない。ただその目は何も、つむるためのものではなくて、彼はまず初めに昼休みに戻るといい。喉が乾いているはずだから、水飲み場に行って、蛇口を捻る。でもその蛇口は深海の水を流さないといけないから、なかなかそうすぐには流れて来ない。だから流れて来るまでは見張っておく必要もあって、(その蛇口は握ったままで)。水の流れる振動を感じて来たら、慎重に回してみること。もしかしたら深海の水が飲めるかもしれないし、砂が零れ落ちるだけの場合もある。でもそれはそう見えているだけで、君はもう初めから知っている。

水が飲みたくて蛇口を握ったわけではない。クラゲを飼いたいわけでもなくて、海が何なのかを知りたいわけでもなくて、自分の海に戻りたいだけ。目に映る海は、ただの人間の視る夢。心の沈んだままのそこが、君の海。他に居場所は無い。牙が折れようと、その海は滅びない。目の中に閉じ込められてると思っても、目に映る海からは自由。見せられたものに答えは見つからないはず。見たもののなかでしか生きられないはず。まあ、でもクラゲはおそらく水族館で見放題なはずだから、飼う必要はない。人間はガラスの向こうには生きることは出来ないものだから、ガラス越しにクラゲを愛でたとしても、それはいつもと変わらない。飼う必要も、買う必要も無かった。なでる必要がどこにもない。見ればいいだけ。王子様もなかなか誰も理解しないものだから、地球のことはとっくの昔に見捨ててる。

詩人がどう歌おうと、それはただの海でしかない。けれども 「海は、海だ。」なんて変なセリフだから、「海は、青い。」で。知らないものはいないはずだし、見たものが全てなはずだから。永遠は初めに見つかっていた。その本が書かれたのは、戦地の空から見下ろした彼の絶望を存続させないため。同じものを見せる必要はない。彼らの悪夢だ。僕らのじゃない。大切なものは、お母さんのくれたもの。

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