「成人期は青春期を密かに侵食していく氷河だ」らしいっすよ。
昨日、お片付けしてた浦島太郎の玉手箱の中から、15年くらい前に使ってたノートが出てきた。
そこに、
成人期は青春期を密かに侵食していく氷河だ
成人期が訪れた時
子供時代の刻印が一気に凍りつき
年齢という氷が襲いかかった時にとっていた姿勢のまま
永遠に閉じ込められる
と書いてあった。
何かからの抜粋だと思われるけれど、記録が苦手な私らしく「どこから」とも「なにから」とも書いていない。
こういう時に記録が得意な人だったらちゃんと書いてあるんだろう。
一体全体なんでこれを走り書きしてるのかさっぱりだ。
悲しいかなその時は「青春期」なるものや「子供時代」となるものの方に近い感覚で読んでいたのだと思われる。
今となっては「成人期」が長くなってしまったので、これを走り書きした時と同じ気持ちではこの文章が読めない。
淡くて遠い思い出のようだ。
そして、その横のページには
人の生活は 孤独で 貧しく 意地悪く 残忍 そして短命である
と、なぜかトマス・ホッブスの言葉が書いてある。
隣り合わせのページだから、同じ時に書いたものだと思われるけれど、これは何となくわかる。
なんでも自分に当てはめるタイプではないので、この時周りにいた人を見ていて書いたんじゃないかと思う。し、なんとなくその人を見ていて当てはめたんだなっていう存在も思い出した。
今、この言葉だけ読んで思うのは、そんなことわかってるさ、だからどうやってそういう邪魔っけなスラロームをかわしながら、自分が行きたい方向を見つけて、自分自身でハンドルを握って進んでくのかってことでしょ?さっさと。と、思う。
そして次のページにはアレグザンダー・ポープの「髪盗人」について書いてある。
What dire Offence from am'rous Causes springs,
What mighty Contests rise from trivial Things,
と書いてあって、
(なんたる悲惨な侮辱が愛から生まれることか
なんたる厄介な争いが些事から持ち上がることか)
とカッコ書きで添えてある。
何を考えてたんだろう。
でも、まあ言い得て妙だから「言い得て妙だな」と単純に思ったのかもしれない。
そして次のページから「The Rape of the Lock(髪盗人)」を訳しながら読もうとしていることが見て取れる。
あー確か、日本語訳を見つけることができなかったなーと思い出した。
今はあるんだろうか。
でも、この頃って今より忙しかったはずなのに、どうやってこんな時間をひねりだしてたんだろう。忙しいからこそそっちに逃げてたのかもしれない。
本当に時間って流れじゃなくて、密度だなと思う。
今日は土曜日。いい夜だ。
のんきに昨日の片付けの続きをしよう。
今日は作業部屋の方の整理整頓だ。
新しくしたプリンターを置いてる場所が気に入らないので、そこをなんとかしてみよう。
それではみなさま、素敵な日曜日をお過ごし下さい。
些事から厄介ごとが持ち上がるらしいから楽しい日曜日を迎えるために、些事は些事のうちに対処しておかないと。
愛から生まれる悲惨な侮辱の方は、今のところ関係なさそうだから、そっちは気にしないでいいや。
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