Jリーグ運営秘話。ライン引き編。

 某Jクラブで9年間勤務した私。今回はその時の経験のひとつである『ライン引き』についてのお話しです。

スタジアムのほぼ全ての場所で働いたことのある私。

 9年間のJリーグクラブでの勤務の中で、様々な業務を経験してきました。特にホームゲーム運営に関しては、ロッカールームの準備に、ロッカー内でのチームに関わる業務、スポンサー看板やバナーの設置、場外ブースでの業務、公式記録の入力に、担架要員、ボールパーソンの指導、エスコートキッズやフラッグベアラーの指導、ボランティア業務のサポートなどなど、ピッチ上以外のほとんどの業務を経験することが出来ました。
 その中でも、特に思い出に残っている業務のひとつがピッチのライン引きです。基本的にライン引きは競技場の管理者や外部の業者に依頼することが一般的ですが、私のいたクラブは当時のJクラブの中でも最小規模の予算のクラブだったのでライン引きも自前で行う数少ないクラブでした。

ペンキを使ってのライン引き。

 Jリーグのピッチのラインは、小学校の運動場のような石灰ではなく、芝生用のペンキを使って行います。ペンキを噴射する専用の機械をまっすぐに動かしてラインを引いていく訳ですが、これがなかなか大変です。
※作業はこんな感じで行います。

 まずは、ペンキの原液を水で薄めて機械に投入します。ペンキなので当然、手に付いたり服に付いたりするとなかなか取れず、翌日やその次の日まで手や爪に付いてしまったペンキが取れないこともありました。なので、ライン引きの日には専用のジャージと靴でスタジアムに向かいます。原液は所定の濃度に薄めるのですが、その割合を調整するのは簡単ではありません。濃すぎると機械が目詰まりしますし安くない原液を無駄にすることになってしまいますし、逆に薄すぎると芝生に色が付かなかったり、雨などで流れてしまうこともあります。

ポイントに沿って紐を引く。

 ペンキの用意が出来たら、ピッチ上のポイントに沿って紐を引いていきます。芝生の外側のタータンとの境目に金具でポイントが埋め込まれていて、それに合わせて紐を引いていくと、105m×68mのピッチが完成する仕組みになっています。紐に沿って機械を動かしていくため、少しでも緩いんでいるとラインがずれてしまうため、出来るだけ強く引っ張って紐を固定します。
※こんな感じです。

 中でも大変大変なのが、ゴールラインとセンターサークルです。
 Jリーグのゴールは埋め込み式と言われる、ピッチの穴にゴールポストを埋め込む形式のゴールが使われていますが、陸上競技場をお借りしている関係上、ゴールは試合当日が前日に設置することがほとんどでした。そのため、それより前に行うライン引きの段階では、ゴールが設置されておらす、ラインがズレてしまうとゴールと合わない状態になってしまいます。サッカーにおけるゴールラインは得点を左右する重要なラインであり、絶対にミスは許されず、実際、ピッチインスペクション(審判団によるグランドチェック)でズレていると判断され、何度か書き直したことがあります。
 ゴールラインと同じく、書くのが難しいのがセンターサークルです。3人で作業を行いますが、一人はピッチ中央でメジャーを押さえます。中心からズレずにかつ、長さが9.15mから変わらないように押さえ続けるのが仕事です。もう1名はメジャーの先を持って円形に動きます。こちらはメジャーが緩まないように引っ張りながら地面すれすれにメジャーを持って動きます。メジャーの高さが変わると、センターサークルが小さくなってしまうため、体勢を低くして移動し続けなければならず、なかなかの重労働です。そして、もう一人は動くメジャーの先端に合わせてラインを引きます。紐に沿って動く真っ直ぐのラインと違い、自分自身の視力だけを頼りに丸になると信じてラインカーを進めます。最後にバッチリ丸が完成すれば最高に気持ち良いですが、ズレてしまったらやり直し。緑のペンキで書いたラインを消してからやり直しです。

夢の舞台を作るのは地道な人の手。

 ラインが完成したら、紐を巻いて、引っ張る用のペグを片付け、目詰まりしないように綺麗にラインカーを洗ったら作業完了です。最初は3時間くらいかかっていた作業も、慣れれば1時間半くらいで終わらせることが出来るようになっていました。大きなスタジアムであれば、自動のラインカーを使っているところもあるかと思いますが、まだまだ手作業のクラブも多いはず。華やかな試合が繰り広げられるJリーグのピッチは、ペンキで衣服を汚しながらの地味な作業で作られているのです。

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