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モーニングラプソディ【#あざとごはん】

昨夜初めて彼女が作った晩ご飯はカレーだった。この干上がってしまうかと思うような暑さでバテ気味だったから、頭の中にはカレー1択しか浮かばなかったのだ。
そう言うと、彼女は了解!と言って冷蔵庫を開けて乏しい食材で作り出した。
プチトマトを入れたり、たまたまあったオクラを入れたり、きのこを入れたり、今まで母さんが試したことのない食材を入れていたので、どんな味になるんだろうとワクワクというよりヒヤヒヤした。


しかし出来上がったカレーはとにかく美味しかった。オクラはぴりっとしたアクセントになっていたし、きのこの出汁がカレールーとダンスをして旨味に深みを出していた。
プチトマトの赤と酸味が涼しさを舌の上から運んできた。
こんな美味いカレーライスを食べられるなんてオレは世界一幸せな男だと思った。


彼女はまだ寝ている。
ベッドを貸して、オレはリビングのソファに丸まって一晩を明かした。
起き上がり背伸びをするとぼきぼきと音がする。
すっかり固まってしまっている。
首も回す。コキコキ音がする。



言っておくが、彼女には指一本触れていない。
触れていたら今頃彼女の隣にいただろう。
甘い髪の匂いに、柔らかな温もりに朝からおかしくなっていたかもしれない。
オレは古風な男だ。
23歳で古風なんて言い方はおかしいかもしれない。ノリと勢いでそういうことはしたくない。
オレは真面目な男なのだ。
決して臆病な訳でも自信がないわけでもない。
第一オレのことを好きなのか、まだ聞いてないし。
いや、ここに泊まっていることがその答えかもしれない。いやしかし。
ぐるぐる考えが止まらなくなる。


歯磨きをしながら少しづつ目が覚めていくのがわかる。
寝ぼけまなこのオレの顔をオレが見る。
彼女が起きてきたらどうしたらいいのか。
おはよう、良く眠れた?
でもそのあとは?
考えても無駄だ。
無駄なことに時間を費やすのは愚かだ。
生産性のあることをしなければ。
顔を冷たい水でざぶざぶ洗う。



こんな時は朝ご飯を作ろう。
しかもめちゃくちゃ馬鹿らしいほど簡単な朝ごはん。
カレーは昨夜3杯もおかわりしたので無い。あのカレーが残っていたら、彼女が帰った今夜にもまた食べられたのに。
たしかに彼女がここに居て一晩過ごした余韻に浸れたのに。
オレってバカ。


冷蔵庫から卵を2個取り出す。
フライパンにサラダ油をちょっと垂らす。
片手でかっこよく割ろうとしてまさかの手が滑り床に落とす。
グシャッという音と共に床に広がる君と白身。
いや間違えた。黄身と白身。
やめてくれ。
これがまるで彼女とオレの未来に見えるなんてエンギデモナイ。
割れるとか落ちるとか。
まだ始まってもいないのにやめてくれ。
肩を落とし、床を綺麗に拭き取る。
気を取り直して、彼女が見てもいないのに格好良さを追求するために片手割り。
カパッ。
ジュッ。
ほら、やればできる。大成功だ。
黄身が固まってくる。
卵黄が濃くてこんもり盛り上がっている。
卵だけにはうるさいオレ。
やはりいい卵だ。
この焼ける音がたまらない。
オレは半熟が好き。
彼女はどうだろう。


昨夜のご飯の残りをレンジで温める。
黒のどんぶりにほかほかの白いごはんをよそう。
米にもうるさいオレが選ぶのは魚沼産コシヒカリだ。
甘くて噛めば噛むほど弾力が弾み増す。
ご飯だけで何杯でもいけてしまう。
その白いごはんのてっぺんを少しくぼみをつける。
そのくぼみにそっと目玉焼きをのせる。
あぶった海苔をくしゃくしゃにどんぶりのうえでちぎる。
その上に醤油をたらりと垂らす。
なんなら白煎り胡麻を振ってもいい。


彼女が起きてきたら半熟がいいか聞いてみよう。
オレはひと足お先に朝飯を頂く。
美味い。
彼女のカレーはもう無いが、まだ彼女の朝ごはんが残っている。
それを作る喜びがまだある。
そう考えるとつい頬が緩む。


LINEの着信音。
ん?なんだ。
彼女から?

美味しそうな匂いがするー😆


オレは隣の部屋の布団の中からぽちぽちしている彼女の姿を想像してこそばゆくなる。

めちゃくちゃ簡単な朝ごはんしか作れないけどね。

送信っと。

ねえ、今夜は何が食べたい?

彼女からの返事。
オレはそれを見て箸を落としそうになる。
え?それって。
すぐに彼女からLINE。

ねえ、わたしにも作って。朝ごはん。

うん、いっか。
まあそういうことで。
半熟が好きかどうか聞かなくても、なんか大丈夫な気がする。
オレは立ち上がり、冷蔵庫から卵を取り出した。

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