
北海道苫小牧市が生んだ大ヒット歌手・堀江淳。同じ苫小牧出身の筆者が記憶している、『メモリーグラス』ブレイク当時の彼にまつわる飲み干したいエピソード
はじめに。彼の大ファンの方はなるべく読まないように(苦笑)。


昭和56年夏に大ヒットした堀江淳の『メモリーグラス』。キャッチーな歌詞とメロディー、ナヨナヨッとした歌唱で、一躍注目を浴び、人気の存在になった彼。
当時、自分は小学6年生。横浜銀蝿に完全に夢中だった自分は、軟弱な水割り歌手などほぼほぼ眼中になかったわけだが、一方で彼出身の北海道苫小牧市に住み、それも実家が超近所ということで、微妙ながらアンビバレンツに特別な存在として認識していた。
「あたしがおりただけよ」の「おりた」というフレーズが、自分の名字が名字なだけに、やけに印象深くも響いていた。
ここから先は
1,119字
¥ 200
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?