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月の影 夜の鏡


月の影  夜の鏡

昔々、この世界がまだ若く、空と大地が言葉を交わしていた頃、ある村には「月影の鏡」という不思議な宝物が伝わっていました。それは、満月の夜だけ姿を現す鏡で、覗き込んだ者の願いを叶えると言われていました。しかし、その鏡は決して長く使ってはならないという掟がありました。

村の中央にある湖のほとり、古びた祠に隠されているその鏡を、若い女性イリヤが見つけたのは、嵐の夜のことでした。

イリヤは幼い頃に家族を失い、孤独に暮らしていました。彼女は空を見上げ、満月に願いを込めるのが唯一の慰めでした。その夜、嵐に紛れて湖に不思議な光が差し込んでいるのを見つけ、足を運んだ彼女は、鏡を抱える石像と出会ったのです。

鏡の表面は銀のように輝き、イリヤの顔を映し出しました。その瞬間、鏡の中の彼女が語りかけてきました。

「この鏡に願いを言うがよい。ただし、影を越えし言葉には注意せよ。」

イリヤは戸惑いながらも、静かに願いを告げました。「私の家族をもう一度この目で見たい。」

鏡がかすかに震え、湖の水面が黒く染まりました。すると、水面から父、母、そして幼い弟の姿が現れました。彼らは微笑みながらイリヤを見つめ、温かい声で語りかけます。「よく頑張ったね、イリヤ。」

彼女の胸は喜びで満たされました。しかし、次の瞬間、父の影が歪み、母の笑顔が崩れ、弟の姿が消えました。イリヤが鏡を見下ろすと、そこには自分の姿がなく、真っ暗な闇だけが映っていました。

「何が起きたの?」

鏡は冷たく笑い、告げます。「お前は掟を破った。この鏡を覗く者は、その影に飲まれる定めだ。」

鏡の中から影の手が伸び、イリヤを引きずり込もうとします。彼女は叫びながら湖へと逃れましたが、鏡は彼女の心を掴んで離しませんでした。

最後に祠の外へ出たイリヤは、湖に鏡を投げ込みます。その瞬間、湖は月の光を反射し、鏡は銀の光を弾けさせながら沈みました。

イリヤは湖畔に倒れ込み、静かに目を閉じました。月の光が彼女を優しく包み込み、その姿はやがて影となり、夜の霧の中へと消えていきました。

それ以来、村の人々は湖を「影の湖」と呼び、満月の夜は決して近づかないようにしたということです.....

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