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手のひらの言葉

フードコートの外れで
父親らしき人が誰かを待っているそばで、幼い子どもが笑顔で遊んでいた。

お店の宣伝の為に貼ってあるポスターや展示物に触れては、くるくるとその場で回り楽しそうに笑っているその子を、私は、少しだけれど知っていた。

少し前まで勤めていた保育園にいたお子さんだった。
懐かしさが込み上げてくる。

受け持つクラスも違っていたし、辞めてからひと月と少し過ぎたこともあって、混乱させてしまうかもしれないと思い、声はかけず、遠目に眺めていた。

ふと、目が合った。

その瞬間
こちらを向いた目は親しい人へのものへと変わり
次の瞬間、
胸の中に飛び込んで来た。

心の中で呼んだ名前を、そっと口にして
背中をさするように抱きしめると、
その頼りなささに目頭が熱くなった。

園にいた頃は、重く感じたその身体だったけれど
なんて小さいのだろう。
こんなにも小さかったんだ。
そう思うと胸がひどく詰まってしまい、泣きそうになるのを必死に堪えた。



朝のほんの少しの時間。
廊下で会うわずかな時間に「おはよう」の言葉を交わす。
母親と離れ、泣きそうになっているその子の頭に乗せた手を
私は、離せずにいたことを思い出した。

年少さんになれば、下にはもっと小さな子達がいる。
その子達の、お手本にならなければいけないことを、そこにいた子ども達は皆んな知っていた。

もちろんその子も。

まだ4歳になったばかりの
言葉にできず泣いてしまうしかないことの
その不安は大きいのだろうと思う。

泣くことでしか伝えられないことってたくさんあるはずだから。

頭に乗せた手を、肩に滑らせ
そのまま背中をさすった。

おはよう。

そっと
伝える。

よく来たね。

声に出さず
手のひらで伝える。
何度も。何度も。


今もまた、背中をさすっている。

憶えていてくれてありがとう。
そうやってまた、手のひらで伝える。

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