初めての…
通勤電車の中、猫さんの見守りカメラのアプリを開いたわたしは決定的瞬間を目撃してしまった。
どういうわけか薄く開いたケージの扉の隙間で、猫さんが身体をよじっていたのだ。
…………。
………………。
これ、脱走?
脱走だよね?
一緒に暮らし始めて9ヶ月、初めて見る光景に、状況を理解するのに時間がかかってしまった。
脱走。
つまり、ケージを抜け出して、部屋でひとり自由を謳歌しようとしている。
日々猫さんを置いて出勤している身としては、自由を謳歌してほしいのはやまやまだ。
けれど、人の目の届かないところで1日過ごさせたら、何が起こるかわからない。
お風呂場に入って、シャンプー類を舐めてしまうかもしれない。
何かの拍子に棚から物が降ってきて、猫さんに当たったりすることもあるかも。
考えている間にも、電車は職場の最寄駅に向かって走り続ける。
どうする。どうする。どうしよう。
………よし。
もう一度帰って猫さんをケージに戻そう。
こうして、「飼い猫がケージから脱走したから」という、社会人生活が始まって以来初めての理由で会社に遅刻することが決定した。
***
カメラで猫さんの様子をこまめに確認しながら、家の最寄駅に向かって電車を乗り継ぐ。
当の猫さんはというと、部屋を歩き回ったりカメラを覗き込んだりと、気ままに過ごしている様子だった。
でも、映像では平和に過ごしているように見えても、映らない部分で何かが起きているかもしれない。
はやる気持ちを抑えつつ、家路をたどった。
***
やきもきしながら家に着き、ドアを開けるとリビングに突入。
テーブルの前で丸くなっていた猫さんは、早すぎるどころの騒ぎではない時間にわたしが戻ってきたことに驚いた様子だった。
「大丈夫!?ケガとかない?」
声をかけつつさっと抱き上げ、ケガなどがないか確認する。
幸い、何事もなく無事なようだった。
そのままケージに入れ、今度はしっかりと確実に扉を閉めると、部屋の中を点検。
物が落ちたり壊れたりしていないか、粗相をしていないか。
部屋中くまなく歩き回って、こちらも異常はないことが確認できた。
何のハプニングもなく無事でいてくれたことに、ひどく安堵した。
良かった。本当に良かった。
………本当は、せまいケージじゃなくて部屋の中で広々と過ごしたいよね。
ごめんね、と心苦しい気持ちになりつつ、猫さんに再度行ってくるねと声をかけ、部屋を後にした。
ケージの中で待っていてもらうのも、仕事をしてお金を稼ぐのも猫さんのためなのだ、と自分に必死で言い聞かせて。
***
我が家の猫さんの初めての脱走は、こうして平和に(?)幕を下ろした。
このようなことが今後は起こらないように、ケージは慎重に閉めようと心に誓った出来事だった。