伝統的な文化財を守る炭焼き職人・木戸口武夫さんが「選定保存技術保持者」に認定されて。
2024年7月19日、研炭(※)が選定保存技術に選定され、その保持者として名田庄総合木炭生産組合の木戸口武夫さんの認定が決まりました。木戸口さんは国内でただ一人、4種類の研磨炭(駿河炭・朴炭・椿炭・呂色炭)の製炭技術を持つ炭焼き職人です。そんな木戸口さんが認定されるのだから素晴らしい功績に違いない。そのように思いつつ、「選定保存技術保持者」の意味を詳しく知りませんでした。
そのため、今月のインタビュー取材では木戸口さんの工房を訪れました。選定保存技術保持者の認定に対する木戸口さん自身の捉え方、そして、次世代への製炭技術の継承についての考えを伺いました。
(※)本記事では選定保存技術に選定された「研炭(とぎずみ)」を正式名称ではなく、通称「研磨炭(けんまずみ)」として記載します。
選定保存技術保持者に選ばれて。
――選定保存技術保持者に認定されるとの記事を拝見しました。この度はおめでとうございます。
ありがとうございます。ただ、実情をお話すると、めでたいことばかりでもないのです。選定保存技術は国民的財産である文化財を後世に残すために不可欠な技術・技能であり、保存する措置を取るべき技術が選ばれます。現在全国で85件の保存技術が選定されており技術を守る事と伝承に取り組まれています。そうした背景を知っている人からは「大変だね」との声をかけられることもあるのです。
――文化財を残す技術、かつ保存の措置が必要な技術なのですね。
その通りです。なかなか複雑ですよね。例えば、かやぶきの里を守ろうと思えば、かやぶき職人の技術が必要です。だから選定保存技術として「茅葺」や「茅採取」が選ばれています。選定保存技術保持者は縁の下の力持ちといった存在なのです。
――では、研磨炭が守るのは、どのような文化財なのでしょう?
重要無形文化財の金工や漆芸などの工芸技術の保存や文化財の修復などに、研磨炭は必要とされています。漆芸の輪島塗では、下地作りにおいて木地に漆を塗り、研ぐという工程を繰り返します。研磨炭は断面に傷をつけずに研ぐ作業を行えることから、職人さんに重宝されているのです。もしも研磨炭がサンドペーパーや砥石などで代用されるなら、僕は選定保存技術保持者には認定されていません。そういう意味では、簡単に認定されるものではないですし、選ばれたことのありがたさと責任感を感じています。
次世代に製炭技術を継承するには。
――選定保存技術の話を伺うなかで、技術の継承についてどのような考えを持たれているのか気になりました。
継承する上で、生活面と技術面の難しさを感じています。技術面で言えば、誰でもある程度の炭は焼けるようになるはずです。ただ、研磨炭に関しては、どうしても本人次第になってしまいます。もちろん教えられるものは伝えますが、お客さんは輪島塗などの重要無形文化財に選ばれている技術・技能を持つ職人さんです。満足してもらえる研磨炭を焼けるまで、僕の場合は10年かかってしまいました。
――10年もですか。
今振り返ると、どうやって生活できていたのかと思います。研磨炭での収入はその間ほとんどなかったので、何度も就職を考えました。ただ、そういう時に限って、お世話になってきた輪島塗の職人さんから「いい炭、焼けるようになった?」と電話がかかってきたり、名田庄まで来てくれたりするのです。
――職人が納得するレベルは非常に高そうですね。
重要無形文化財の職人さんは、みなさんそうですね。なかでも、その輪島塗の職人さんが一番厳しかったですが、ずっと応援してくれていました。だからこそ、職人さんが使えるものを作れないといけないと思えましたし、そのために続けていたのかもしれません。ただ、これから始める人がそのレベルまで技術を磨くのは、生活できるだけの稼ぎがあってこその話です。
――炭焼きに経済性を伴わせるハードルは高いのですか?
炭焼き職人はますます減っています。研磨炭だけでなくバーベキュー用の木炭も焼いているのですが、国産の木炭は3キロで1000円以上します。しかし、スーパーやホームセンターに陳列されている輸入炭は500円前後なのです。炭の品質によって火付きのよさや燃焼時間、肉のおいしさは大きな違いが出るものの、そうして価格競争に巻き込まれたことで国産炭は売れなくなりました。
――なるほど。生活できる稼ぎをつくりながら、10年、20年かけて技術を熟練させていくことが必要になるのですね。
次に来てくださる方にはそうした意気込みで取り組んでいただきたいと思う一方で、案外何も知らずに来てもらう方がいいのかもしれません。選定保存技術保持者に認定された責任も感じますし、大変なことはもちろん多いのですが、大変だったという物語で終わらせてもいけないと思うので。今後は研磨炭の製炭だけにこだわらず、自然環境というより大きな枠組みでの取り組みであることを意識して、次世代に繋いでいけるよう取り組んでいきたいと思います。
執筆・撮影:地域おこし協力隊 張本舜奎
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