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鬼畜小説:脳にお世辞を言えない男

脳にお世辞を言えない男「アノ〜すみません。」

シングルマザー「……。」

脳にお世辞を言えない男「アノ〜ちょっといいですか。」

シングルマザー「…はい?」

脳にお世辞を言えない男「アノ〜あなたさっき、ホームに入って来た電車の窓ガラスごしに僕との結婚生活夢見てましたよ。」

シングルマザー「……はい?」

脳にお世辞を言えない男「アノ〜だから、さっきこの電車がホームに入って来たじゃないですか。」

シングルマザー「はい。」

脳にお世辞を言えない男「それで、僕らホームに並んで立ってたじゃないですか。」

シングルマザー「…はい。」

脳にお世辞を言えない男「それで、電車の外側の窓ガラスに、僕とあなたとあなたの抱いてるその赤ちゃんが映る瞬間がありましたよね。」

シングルマザー「知りませんけど…。あの、もういいですか?」

脳にお世辞を言えない男「あ、いや、だから、そのときのあなた、僕と2人でこの子を育てていきたいって顔してましたよ。」

シングルマザー「してませんけど。なんなんですか?」

脳にお世辞を言えない男「いや教えてあげてるんです。尋ねてるのではなくて。あなた、僕と2人でこの子を育てていきたいって顔してましたよ。」

シングルマザー「はあ?」

???「僕も聞きました。言ってました。」

シングルマザー「はあ!?!?」

脳にお世辞を言えない男「あ、ですよね、やっぱ言ってましたよね。窓ガラスに映った僕を見て、今働いてる週5のアパレルショップ店員は辞めて、週3のヨガインストラクターになろうとしてましたよね。」

???「はい。あなたの扶養に入って、今働いてる週5のアパレルショップ店員は辞めて、週3のヨガインストラクターか脱毛サロンで働こうとしていました。」

シングルマザー「ちょっと何言って、」

脳にお世辞を言えない男「やっぱりしてましたよね。僕の顔と体型を見て、セックスをして新しく子供を作るには遺伝子的にやや不安があるが、私とこの子を養う父親としての役目ぐらいは果たせるだろうと妥協したうえで、十回くらいだったら抱かせてやってもいいとか、その十回だけ我慢してあとは産後の性欲減退を言い訳にすればやり過ごせるだろうとか、十回とも絶対ゴムを付けさせようだとか、その手のさもしい結婚生活を夢想していましたよね。」

???「はい。あなたは顔がブサイクなうえに背も低くオマケに20代とは思えないほど禿げ上がっているので精子としては最劣等生の部類ですが、それでもこの女性の週労働時間を40時間から20時間に引き下げられる程度の経済力はありそうなので、我慢して十回セックスすればあなたが働いて稼いだ金はエルメスとオムツになり、あなたの働いた時間はティックトックとYouTubeショートを見る時間にそのまま変換され、言ってみればオスライオンとしての役割だけを抽出され、搾取され、肥やしにされたうえで成り立つさもしい結婚生活を夢想していました。」

脳にお世辞を言えない男「ですよねえ。」

動物に詳しい男「オスライオンは育児も狩りもしないですよ。」

シングルマザー「あの、ちょっと、」

???「最も興味深いのはあなたと結婚したあともまだ働こうとしている点で、例えばもっと大金持ちと結婚すれば自分は専業主婦になれることを知っているはずなのに、本当の大金持ちは自分のようなコブ持ちを選んでくれるはずがないと内心わかっているから自分と同等かそれ以下の相手からしか選択できず、よって週3日の甘っちょろい仕事だろうと結婚後もまだ働こうとしている時点であなたのことを同等かそれ以下に見積もっていることがわかります。」

シングルマザー「あの、ほんとに、」

???「しかし実際にはこの見立てすら間違っており、30半ばで薄給の安ブランドショップ店員で高卒で無資格の子持ちバツイチブスとなると婚活市場売れ残り物件にあたるのは実はこの女の方で、あなたと同等は愚か、本当はあなたより遥かに下なのにそのくせ十回くらいは抱かせてやってもいいかなどのたまう始末で、どれもこれも偏に現状への勘違いから引き起こされているせん妄です。ついでに脱毛サロンで働けば社員優待で自分も安価に脱毛できるという勘違いもしています。」

脳にお世辞を言えない男「まるでケーキ屋さんではたらけばケーキがたくさん食べられると思っている保育園児みたいですね(笑)」

文部科学省「おい、なぜ今の例えに幼稚園児を使わないんだ。」

厚生労働省「こういう勘違いを引き起こす程度の低いガキは保育園に居るからですよ。」

託児所「うちにも居ますよ。」

児童相談所「うちにもいっぱい居ますよ。」

認定こども園「うちにも。」

寺子屋「うちにも。」

ババア「えっ、脱毛サロンで働いてても社員優待されないってホント?」




シングルマザー「はあ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」







脳にお世辞を言えない男「ところであなた、随分と気が合いますね。失礼ですがお名前は?」

アンドロメダ銀太「アンドロメダ銀太です。」

シングルマザー「あの、ほんとさっきからずっと何言ってるんですか?私たち初対面ですよね?なんで初対面で話したこともない相手にそんなベラベラ酷いこと言えるんですか?私週5でアパレル店員もやってませんし、別に脱毛サロンで働きたくもありません。当然あなたとの結婚生活も妄想してません。ほんと気持ち悪い。なんなんですか?え、ほんと…。なんなんですか?」

脳にお世辞を言えない男「あなたが考えている以上にあなたは考えているんですよ、あなたには考えられないほどにね。人は常に顔を作っています。顔は意識と無意識のバランスです。意識が表情筋を収縮させ無意識が弛緩させるのです。認知症になってまるっきり別人のような顔つきになってしまった老人を見たことはないですか?あれはその人らしい顔でいる為に表情筋を緊張させていた意識が病気によって衰弱し、無意識優位になった為起こる現象です。意識が熱湯なら無意識が冷水です。脳という混合水栓でそれらは丁度いい温度に設定されて顔という湯船に溜まるのです。だから不意に写真を撮られると頭から冷水ぶっかけられたようなブスに写ルンです。」

シングルマザー「なんの話ですか?途中で脱線してますけど。」

脳にお世辞を言えない男「脱線?電車の中だというのに縁起の悪いことを言う人だなあ(笑)僕が言いたいのは、つまり顔から全てが読み取れるということです。誰だろうと訓練さえ積めば顔から意識と無意識のバランスを読み取って言語翻訳できるということなのです。僕はそれをやったに過ぎません。よく”顔に書いてある”と言いますが、先ほど電車の窓ガラスに映ったあなたの顔にはそれこそデカデカと『私とこの子を養ってください』と字が書いてありましたよ。72ptで。丸ゴシック体で。ボールドで。」

シングルマザー「頭おかしいんじゃないですか?いや、おかしいですよ。そんなこと書いてませんし、思ってもいません。勝手に人の心情決めつけるのやめてもらっていいですか?私もこの子も、本当にあなたなんかに養ってもらいたくありませんから。そういえばさっきの人、アンドロメダなんとかどこ行ったんですか。急に大人しくなりましたけど。」

脳にお世辞を言えない男「彼は匿名性を担保されていないと発言できないのです。私が彼に名前を聞いたことによってそれは消滅しました。」

シングルマザー「アンドロメダ銀太も匿名だと思いますけど。」

アンドロメダ銀太「…」

脳にお世辞を言えない男「要は、個が特定されたという点が彼にとっての問題なのですよ。『シングルマザー』は『ネコ』や『画家』と一緒で、グループを指す言葉であっても”個”を特定するものではない。世の中には多くのシングルマザーがいますが、今のところこの車内にシングルマザーはあなただけのようだ。だから『シングルマザー』でこと足りる。ところが次の駅でシングルマザーが4人も5人も乗って来たらどうでしょう?私が『シングルマザー』と言う度に車内の全シングルマザーがこちらを振り返り「え、なんかわたしのこと言ってる?」とソワソワ、ソワソワ、ソワソワ、ソワソワ、ソワソワしてしまう。5人いたので5人分言いました。そうなると要らぬ誤解と諍いを生みかねないから、我々は個を特定する作業にとりかからなくてはならない。あなたには『みけ』や『ピカソ』のような名前が必要になるでしょう。そうするとどうですか。彼の気持ちもわかるのではないですか。『シングルマザー』の後ろ盾はなくなりますよ。あなたは他の誰でもないただあなたとして発言しなくてはならない。守ってくれる人は誰もいない。あなただけの責任であなただけを弁護しなくてはならない。この恐ろしさがわかりますか。」

夕子「夕子です。」

脳にお世辞を言えない男「えっ」

橘夕子「橘夕子です。」

脳にお世辞を言えない男「えっ」

橘夕子「私怖くないです。シングルマザーとしてじゃなくて、橘夕子としてあなたと話したいです。」

脳にお世辞を言えない男「えっ、なんで、やめたほうがいいですよ、僕みたいな気狂いに実名晒すの、赤ちゃんもいることだし。」

赤ちゃん「…」

橘夕子「赤ちゃんじゃないです。橘海生生です。」

橘海生生「…」

脳にお世辞を言えない男「えっ」

橘夕子「海生生(みいき)って読みます。旦那がつけました。旦那は原純一郎です。私たち母子は私の旧姓に戻しました。」

橘海生生(たちばなみいき)「…」

脳にお世辞を言えない男「えっ」

脳にお世辞を言えない男「なんで?いいの?海生生のこと、大事じゃないの?」

橘夕子「大事ですよ。でもあなたにわかってほしかった。私たちはシングルマザーとその子供じゃなくて、それぞれちゃんと血の通った”個”なんだって。」

脳にお世辞を言えない男「…」

橘海生生(たちばなみいき)「…」

橘夕子「ほんとは私たちが個だってこと、気付きたくなかったんですよね?」

脳にお世辞を言えない男「…」

橘夕子「それぞれ別々の個で、生まれて愛されて、一通りの経験をして、あらゆる苦悩と幸福が通り過ぎて、その通り道にそれぞれ別々の花を咲かせていて、それを私たちは思考と呼んでいて、皆誰しも、どれだけバカに見える人でも、皆その花を咲かせていることに、そのことに気付きたくなかったんでしょう?」

脳にお世辞を言えない男「…ちがう」

橘夕子「そのこと認めてしまったら、あなたがあなたの優位性だと思っているそれは地に落ちて、あなたはただのナルシストになってしまうから。『皆考えている。ただ、それを口にするのはナルシストだけだ。』でしたっけ?何かの本で読んだわ。そう、私だって本を読む。私がシングルマザーだから毎日仕事と育児に追われて、残った時間はソファに寝そべってティックトックとYouTubeショート見るだけのスポンジみたいな女だと思った?あなたは私が見るからにバカっぽいスポンジ女だから、このことに気付いていないと思っていたのね。可哀想。皆、気付いているのよ。ただ言わないだけ。自分だけが気付いていると勘違いしている者だけがそれを口にするのよ。」

脳にお世辞を言えない男「………ちがう」

橘夕子「ねえ、まだ名乗らないの?『脳にお世辞を言えない男』なんて大層な冠つけちゃって(笑)自分が何者でもない個であること、あなたは知ってるんじゃなかったの?私は開示した、自分の個を。ねえ、あなたもそっち側なの?個になると閉口する者や、そもそも個であろうとしない、あの臆病者達と同じ側なの?言っとくけど、勝手に担保されてると思っているその匿名性も、私があなたの心に開示請求すれば簡単にIPアドレス抜けるからな。なあ、シングルマザー舐めてっと痛い目遭うぞ?お前だって女から産まれたんだぞ。このこと忘れたふりしてるみたいだけどな、女は皆1人で子供を産んでんだよ。結婚したからってケツが4つになって男と2人で出産するんじゃねえんだよ。あのなあ、女はなあ、あのなあ、みんななあ、ある意味ではシングルマザーなんだよ。」

ゆたか「ちがーーーーーーーーーーーーう!!!!!!!!!!!!!!!!!」


運転手「あの、どうか、しましたか。」

橘夕子「ああ、自我のカード落としちゃったみたいです。ていうかお前も名乗れよ運転手。」

森隆之「森隆之です。カードはあとで取りに来てください。」

橘夕子「だってよ、よかったなゆたか。」

ゆたか「にう〜〜」

橘夕子「あーあ早くカード返してやらねえとな。んでも、脳にお世辞が言えないってのがどういうことか、本当の意味でわかってよかったな。」

ゆたか「にう==!」

アンドロメダ銀太「…」

橘夕子「コラコラ(笑)お前ら仲良くしろよな〜。」

顔がthis manのヤツ「おや、なんだか楽しそうですな。」

橘夕子「は?いいからてめえも名乗れよ、殺すぞ。」

this man「this manです、すみませんでした、殺さないでください。」

面長の格闘家「ちょっとちょっと暴力はダメですよ。」

橘夕子「は?てめえみたいな人を殴るのが大好きなヤツは日頃こういう場面を心待ちにしてんだろうが?人を思いっきり殴ることに言い訳のきく都合のいい場面をよ、おい。その偽物の正義感脱いでパンイチになって名乗ってみろよ、男なら男らしく。」

日米安保瑠輝也「日米安保瑠輝也です。」

橘夕子「そうだろうが。ほら、おめえもだよ。」

電波ヴィーガン「電波ヴィーガンです。」

橘夕子「おめえも。」

三回見たら死ぬ男「三回見たら死ぬ男です。」

橘夕子「おめえも。」

ワクチン大量接種人間「ワクチン大量接種人間です。」

橘夕子「ちげーだろ!!!!!!!話聞いてなかったのかあ!??耳メクラ!!!!!!てめえらの”個”を名乗れって言ってんだよ!!!わかったらさっさと名乗れ!!!!!!!!全員名乗るまでこの電車一歩も動かさねえぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

後続の車「プップー!」

橘夕子「うるせえっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!まずてめえから名乗れ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

タント「タントです。すみません、急いでます。」

橘夕子「知るか!!!!!!!!俺の方が急いでんだよ!!!!!!!!!!!!!!!おら、次!!!!!サクサクいかねえと終わらねえぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

エコノミー症子「エコノミー症子です。」

橘夕子「次!!!!!!」

竈門炭治郎「竈門炭治郎です。」

橘夕子「次!!!!!!」

ムツゴロウ「ムツゴロウです。先ほどライオンについて述べた者です。」

橘夕子「次!!!!!!」

ジョーブログ「ジョーブログです。」

橘夕子「次!!!!!!」

電車「電車です。」

橘夕子「違う!!!!!!やり直し!!!!!!!!!」

E234系「E234系です。」

橘夕子「次!!!!!!」












夕子の恫喝は八時間に及んだという。


(完)

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