2024年11月26日第76回労働政策審議会雇用環境・均等分科会を傍聴しました
はじめに 労政審を傍聴するとは、どういうことか
労働政策審議会 雇用環境・均等分科会は、女性活躍推進やハラスメント防止に係る法令や政策について公労使が一同に介して課題や方策を話し合う場です。
今年、私は9月13日の第71回から数えて第76回まで、すでに6回の審議会を連続して傍聴してきました。
もちろん、要は「最後にどう決まったか?」だけを追いかけて決定稿の諮問文書を読んでも良いですし、公式の議事録も2~3週間遅れで公表されるので、ここまで聴き続ける必要があるのか、とも思います。
しかし私は2019年の秋から冬にかけて開催された、いわゆるパワハラ防止法の「中身」が実質的に決まる審議会をもれなく聴いたことでわかったことがあります。
それは、現場の議論の「温度」です。
情緒的な言い方になってしまいましたが、要するに、労働側、使用者側がそれぞれどこに一番拘ったのか、どこを譲歩したのか、逆にどこを「譲れない」として食い下がったのか、そして最後にどんな落とし所を互いに見つけて展望を拓いたのか・・・。
これを押さえることで結論の「意味」と「背景」が肉体化してくるのです。
私は上場企業で17年間の管理職経験のある「ハラスメント防止研修講師/コンサルタント」です。
そのためか、上場企業の経営者や管理監督職をはじめ労働組合幹部にも研修出講させていただくことが多いため、そのつど血の通った「知識」と「認識」をご提供することを旨としています。
今年の審議会も、新聞報道や公表文書だけからは読み取れない流れをつぶさに見ることができました。
審議会の2つのテーマ
まず、今年の労政審雇用環境・均等分科会の目玉テーマは何でしょうか。
大きくは2つあります。
一つには、来年度末(2025年度末=2026年3月)で時限法の期限が来る「女性活躍推進法」の見直しです。
もう一つは、セクハラ、マタハラ・ケアハラ、パワハラの防止について法制化が進んできた中で、近年問題になってきたカスハラ(カスタマーハラスメント)や就活ハラスメントといったその他のハラスメントを法制化するのか、するならどういう位置づけにするか、という議論です。
なぜこの女性活躍推進とハラスメント防止の2分野がここで一緒に議論されているかについては、ややこしくなるので省略します。
今回、11月26日開催の第76回で示された「資料1 女性活躍推進及び職場におけるハラスメント対策についての論点」は、コンパクトに現時点までの論点を整理してあり、非常に良い資料ですのでURLをご紹介しておきます。
論点とはすなわち、今回の法改正が予想されるポイント、ということです。ほぼこれをベースにして法改正に向けた諮問が為されるでしょう。
https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001338492.pdf
女性活躍推進について
さて、女性活躍推進の論点をざっくり列挙すると、さまざまな統計から見てなかなか女性活躍が進んでいないことが読み取れ、これを受けて
・法令の期限をさらに10年延長
・男女間賃金差異や女性管理職比率などの情報公表を中小企業にも義務付ける
・情報公表必須項目数の増加
ことを目指し、また上記に加え、
・職場における「女性の健康支援の推進」についての考え方を新たに示す
・えるぼし認定基準の見直し(現状ではハードルが高くて上のランクを目指す企業が少ない)
・えるぼしプラス(仮称)の創設
というものでした。
これらについて、労使ともに趣旨および総論としてはまったく異論はないのです。
ただし、情報公表については労使ともに総論は賛同しながらも、特に使用者側から「中小企業は人的・資金的リソースが乏しい。公開項目が増えたり基準が厳しくなると手が回らなくなる」という「負担増」論が一歩も引かずに出され続けています。
これは今に始まったことではなく、また女性活躍推進に限らず、労働関係の施策の実効性を高めるための制度や目標基準が示されたり、強化されたりするたびに常に中小企業代表から問題提起されており、もはやこの手の審議になるとお約束の条件闘争になっています。
この点について、おもしろいことにある公益代表委員から「女性活躍推進は大企業でさえちゃんとやってる企業とそうでない企業がある」という発言があり、その落とし所としては「企業の負荷を軽減するため実効性のある支援策を国がちゃんとやってくれ」というものでした。
具体的には、賃金差異を簡易に計算できるようなツール(アプリ?)の開発や、企業側に判断の迷いや煩瑣な作業を強要しない「管理職の定義」、数値を「目的化」しないための複合的な周辺施策、実施までの時間的猶予、などが出ていました。
ここらあたり、いよいよ労使の主張が出尽くした感がありますので、では実際に運用していくときにどうやって実効性を高めていくのか、その担い手は?という政策運用がキーとなってくるでしょう。
これまでも女性活躍推進については社会保険労務士のみなさんの第三号業務として期待されてきた部分が大きいと思いますが、今回の論点整理の資料でも「中小企業における取組の推進」の項で「企業に対するコンサルティング、支援ツールの提供等、支援策の充実を図ることとしてはどうか」と明記されています。
恐らく次の通常国会での法令・指針改正に続いて今後3~5年スパンで継続する具体的な支援強化策が公表されると思いますが、ここで社会保険労務士の活用・動員といった施策が企画されて出てきそうな気がします(あくまで私見です)。
カスタマーハラスメント、就活ハラスメントの防止
次に、私の専門のハラスメント防止関連です。
就活ハラについては一時期、大手企業のリクルーターが就活学生にセクハラを行ったことが大きく報道されながらも、その後の調査結果などから「弱い立場」の就活生が依然として標的になっていることが明らかであるため、喫緊の課題となっていました。
また、カスハラについては労働側(主に連合やUAゼンセン)が過去数年で独自に調査した結果を公表し、消費者接点のサービスを担う人や企業間取引の担当者の多くが非常に大きなストレスにさらされ、メンタル不調等の問題を抱えていることを指摘していました。
この点について整理された論点を点線で囲って以下に示しますが、逐次★で私の補足を続けます。
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2.職場におけるハラスメント防止対策の強化
●従来の4つのハラスメントを含め「職場におけるハラスメントは許されるものではない」という趣旨の規定を法律に設ける
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★これは具体例や罰則などを示さない理念規定となると思いますが、少なくとも「従来の4つのハラスメント以外の『職場におけるハラスメント』を視野に入れていますよ」という宣言を明確に法律条文に入れる、という意思表明になります。
★今後数年の実態や課題に照らして新たな法改正を行うときが来た場合に、ここに遡る「一丁目一番地」にしておく、という意味かと思います。
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・カスタマーハラスメント対策の強化
① 雇用管理上の措置義務の創設(詳細は後述)
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★他の4つのハラスメントと同様、企業が従業員を守るためにやらなければならない「義務」となります。
★また、すでに4つのハラスメント防止対策に係る指針では労働者を守るための事業主の措置義務がほぼ共通して示されているため、それらと同じ構造で措置義務化が果たされることになります。
★ただしカスハラの場合は、消費者や取引先など雇用関係にある労働者だけが対象とならないため他の4つのハラスメントと性質が異なり、厚労省の範疇を超えますので、
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業種・業態によりカスタマーハラスメントの態様が異なるため、
厚生労働省が消費者庁、警察庁、業所管省庁等と連携することや、
そうした連携を通じて、各業界の取組を推進する
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という一文が付加されています。
そうなると厚労省が音頭を取りつつも、各省庁のどこかの部局の誰かが「カスタマーハラスメント対策担当」を担うわけでしょうか。
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② カスタマーハラスメントの定義を定める
ⅰ.顧客、取引先、施設利用者その他の利害関係者が行うこと。
ⅱ.社会通念上相当な範囲を超えた言動であること。
ⅲ.労働者の就業環境が害されること。
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★このカスハラの定義は、労政審の前に開催されていた検討会ですでに示されていましたが、それが正式に諮問文書に載ってくるわけで、他のハラスメントと同様に、個々の文言の意味や言動の具体例が施行規則や指針で詳しく示されるでしょう。
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③ 上記のほか指針等において示すべき事項
ⅰ.総論
・ 顧客等からのクレームの全てがカスタマーハラスメントに
該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上相当な
範囲で行われたものは、いわば「正当なクレーム」であり、
カスタマーハラスメントに当たらないことに留意する必要が
あること。
・ カスタマーハラスメント対策を講ずる際、消費者法制により
定められている消費者の権利等を阻害しないものでなければ
ならないことや、障害を理由とする差別の解消の推進に関する
法律(平成2525年法律第6565号)に基づく合理的配慮の
提供義務を遵守する必要があることは当然のことであること。
・ 各業法等によりサービス提供の義務等が定められている場合
等があることに留意する必要があること。
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★ここは他のハラスメントでは見られないカスハラ独特の視点で、想像するに、特に使用者側からの意向が強く反映されて記載されたのでは、と思います。ただし労働側も社会生活では消費者であるわけで、ここに異論があるわけではなく、建設的な合意の上でこれらの文言が存在すると思います。
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ⅱ.講ずべき措置の具体的な内容
・ 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
・ 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・ カスタマーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
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★「方針の明確化」「周知・啓発」(研修含む)、「相談窓口の設置」や「対応マニュアル(ルール)の制定」などの「体制整備」、「迅速かつ適切な対応」は、他の4つのハラスメントすべてに共通する構造です。
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・ これらの措置と併せて講ずべき措置
④④ 他の事業主から協力を求められた場合の対応に関する規定
「事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる雇用管理上の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない」 ★努力義務
○ 「また、事業主が他の事業主から雇用管理上の措置への協力を求められたことを理由として、当該事業主に対し、当該事業主との契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくないものであることを、指針等に明記する」 ★努力義務
○ 「さらに、協力を求められた事業主は、必要に応じて事実関係の確認等を行うことになるが、その際に協力した労働者に対して不利益取扱いを行わないことを定めて労働者に周知することや、事実関係の確認等の結果、当該事業主の労働者が実際にカスタマーハラスメントを行っていた場合には、就業規則等に基づき適正な措置を講ずることが望ましい旨を、指針等に明記する」 ★努力義務
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★ここは過去数回の審議会でずっと並行線でしたが、今回もまた「措置義務とすべき」とする労働側と「努力義務で事足りる」とする使用者側で主張がぶつかりました。「取引上、どうしても劣位になる側から協力を求められるのだろうか? 失注を恐れて言えないのがふつうだろうし、強い側が『義務ではないならやらなくても良い』と考えるほうが自然。実効性がない」というのが労働側の言い分です。
これは、かつて30年BtoBビジネスの会社に在籍していた私の経験からも労働側に賛成です。世の中には本当にお行儀の悪い企業・担当者が居て、現場で起こっていることを半ば必要悪とみなしていることをすくなくありません。
昨今、北海道の小さな会社の社長さんが、発注量は多いが担当者のカスハラが蔓延する取引先に改善を申し入れ、結果的に失注したけれど従業員のモチベーションが 爆上がりして業績を回復したなどというニュースがありましたが、そんな勇気のある会社は極めて異例で、ほとんどの場合は泣き寝入りです。
★また余談ですが、前々回の開催時に、この点について「民間企業同士もそうだが、特に公官庁からの発注でカスハラが多い。そこも注視すべきではないか」という発言が、なんと経営側の委員から飛び出して、これに労働側委員全員が苦笑しながら頷く、というシーンがありました。私も心の中で激しく同意していました(笑)。発言した委員も具体的なご経験があったのでしょうか。
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⑤ カスタマーハラスメントの防止に向けた周知・啓発
○ カスタマーハラスメントの防止に向けて、国は、消費者教育施策と連携を図りつつ、カスタマーハラスメントは許されないものである旨の周知・啓発を行うこととしてはどうか。
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★これは、もともとカスハラの管掌が消費者庁であることから、労働分野の厚労省から旗を振ってくれ、ということでしょう。ただし、受ける側の消費者庁としては厚労省側で作成した指針に基づいて予算化し、消費者向けのパンフレット、リーフレットを製作し、サイトもページを作り、啓発セミナーを実施する、という体になるんでしょうか。
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⑶.就活等セクシュアルハラスメント対策の強化
① 雇用管理上の措置義務の創設
・ 事業主の方針等の明確化に際して、いわゆるOB・OG訪問等の機会を含めその雇用する労働者が求職者と接触するあらゆる機会について、実情に応じて、面談等を行う際のルールをあらかじめ定めておくことや、求職者の相談に応じられる窓口を求職者に周知すること
・ セクシュアルハラスメントが発生した場合には、被害者である求職者への配慮として、事案の内容や状況に応じて、被害者の心情に十分に配慮しつつ、行為者の謝罪を行うことや、相談対応等を行うことが考えられること
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★これは企業側にリクルーターの管理とハラスメント防止措置を徹底することを義務化するもので、大いに賛成です。しかし、前述のように報道された大手企業の加害者(当然、懲戒解雇でしょう)は自分の行為が会社員として身の破滅となる犯罪であることくらい判断できなかったのでしょうか。あえてここまで義務化しなくてはならないとは、返すがえすも不思議でなりません。
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○ 就職活動中の学生をはじめとする求職者に対するパワーハラスメントに類する行為等については、どこまでが相当な行為であるかという点についての社会的な共通認識が必ずしも十分に形成されていない現状に鑑み、パワーハラスメント防止指針において記載の明確化等を図りつつ、周知を強化することを通じて、その防止に向けた取組を推進するとともに、社会的認識の深化を促していくこととしてはどうか。
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★ここは、この論点整理で一番歯切れが悪く、もっとも労働側の納得が得られなかった点だと思います。
ここで何を言っているのかと言うと、いわゆる圧迫(まがいのものを含む)面接やインターン中の「リアリティ・ショック」などまで、すべてNGとはできないでしょう、という使用者側の言い分があるのでしょう。
確かに非常にセンシティブですし、求職者側の受け止め方・感じ方にも大きく左右されるものでしょう。
また、その企業や業種、職場の雰囲気とのマッチ/アンマッチ(要するに「相性」)はどうしても存在するでしょうし、あらゆる入職には「蓋を開けてみないとわからない」ところもあると思います。
「仕事は甘くはない」「楽しいサークル活動みたいなイメージで来られても困る」「現実の厳しさは最初にわかってもらいたい」という使用者側の気持ちも理解できます。私が部門長だったら、舐めてかかってくる新人は困ります。
★次回以降の審議会で、この部分の落とし所をいったいどうやって見つけるのか? 事務局(厚労省)はどんな文言を綴ってくるのか? それまでに水面下の根回しや調整は行われるのか?・・・私としては非常に興味深く注目しています。
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② 求職者に対する情報公表の促進
○ 昨今の就職活動のあり方は多様であるため、①に基づき事業主が講ずる雇用管理上の措置の内容もそれに応じて多様なものとなることが想定されるところ、その内容を求職者に対して積極的に公表することは、セクシュアルハラスメント防止に資するものであり、また、職業生活を営もうとする女性の職業選択に資するものでもあることから、措置の内容を公表していることをプラチナえるぼし認定の要件に位置づけることとしてはどうか。
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★古典的マーケティング・コミュニケーション風に言ってみれば、企業側に措置を求めるのはプッシュ戦略であり、求職者側を啓発し意識をたかめることはプル戦略と言えます。その両面作戦ということですから賛成です。
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⑷.いわゆる「自爆営業」についての考え方の明確化
○ いわゆる「自爆営業」に関して、職場におけるパワーハラスメントの3要件を満たす場合にはパワーハラスメントに該当することについて、パワーハラスメント防止指針に明記することとしてはどうか。
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★これ、私としては、あえてこの「自爆営業」が今回の審議会テーマで文言として取り上げられている意味が、実はよくわからないんです。
それこそ特定の業種や業界で横行する慣習なのかもしれませんし、もちろんそれはあってはならないことは確かですが、何か複数の事案で報道がされたり、裁判で大きく取り上げられるようなことがなかったからです。
審議会までの検討会で労働側が強く主張していたのか、何かの調査結果があるのか、検討会の資料や議事録を読み込んでいないのでニュアンスが掴めません。すみません・・・。
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ということで、今回までにある程度論点が整理され、ほぼ方向性が見えてきました。
最後に私見として今後の審議会で焦点となるのは
①女性活躍推進における情報公開項目や基準の最終的な落とし所
②上記施策の実効性を担保するための具体的な方略
③BtoBカスハラでの協力強制力(措置義務か努力義務か)
④就活パワハラの歯止めの考え方
このあたりじゃないでしょうか。
あ、番外編として⑤官公庁によるカスハラの防止を指針に明記してほしいですね。
恐らくこの後、審議会(分科会)は年内に2回?程度開催され、あるいはそのあいだにパブリック・コメント募集期間が設けられ、厚労省大臣に諮問→各種法令との整合性がチェックされ、国会上程~可決(議員による附帯決議があるかも)→省令として「指針」が公表される? 同時に省内文書として通達が発出され、行政取り扱いが規定される~啓発・支援施策についての入落札~新年度半ばから施策スタート、という感じでしょうか。